中村文則「僕は小説家だからこそ恐れずに言う」 安倍政権に疑念投げかける芥川賞作家の信条

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中村は2018年10月から約1年間にわたり、中日新聞など4紙の朝刊で小説「逃亡者」を連載した。第二次世界大戦中、日本軍のある作戦を劇的な成功に導いたと言われる伝説のトランペット”熱狂”を隠し持って追われ、ひたすら逃げる主人公。物語の終盤、黒い大きな建物がそびえ立つ。「それは人災を表しているんです。今、コロナは天災に近いものですが、コロナ後に起こることはおそらく人と人の断絶の果てに起こる、何らかの人災。これからどんどん悪化する社会にどういう言葉と物語が必要だろうかという思いでコロナの前に書いた小説が、ちょうど当てはまってしまったなという感じはありました」

『逃亡者』(中村文則/幻冬舎)中日新聞など4紙の朝刊で連載された同名の小説をまとめ上げた。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

中村がコロナ発生以前から感じ取っていた人災とは「公正世界仮説による個人攻撃」だという。公正世界仮説とは、世の中は公正で安全で秩序のある世界だと信じたい人々の認知バイアスを表す心理学用語だ。世の中が理不尽で不合理なものだと知ると、人間は無力感と恐怖に耐えられない。「だから公正世界仮説を信じる人は、社会的な問題が起こった時、それを社会システムのせいと考えず被害者の落ち度だと責めるんです」。近年の日本で、思い当たることの多い話である。

「この傾向は日本中に広がっている。コロナにしても、検査の絶対数が圧倒的に少ないという事実を無視して『感染者が少ない日本はすごい』と持ち上げる人もいる。今の状況になってさすがにそう言う人は減りましたけどね。これを読んでいる方々にはいろいろな政治信条を持っている人がいらっしゃると思うんですが、僕自身は安倍政権の特徴である、実体よりイメージ優先、虚偽と隠蔽、個人を蔑ろにする傾向に危機感を持っています。有事においてこれは最悪です」

「今と戦前戦中の空気はすごく似ている」

中村は「例えば、コロナの問題で非常に厄介なのは休業補償の問題です」と指摘した。「この政権は十分な補償を提示せずに補償しているフリをする傾向がある。そんな政権を擁護すると、結果的に個人攻撃につながることに、多くの人は気づいていない。補償がないから休めないという現象に対して『国がもっと補償すべきだ』と言うのではなく、『いや国はちゃんとやっているんだから我慢しろ』という非難が出るようになってくると、『うまくいかない人は努力が足りない』とか、『いざというときの蓄えがないお前が悪いんだ』ということになる。そんな殺伐とした個人攻撃が広がっていくんです」

「この先には日本のさらなる右傾化がやってくる。さらに、過度に個人を攻撃する方向性に向かいます」と、中村は予言する。「今回の小説でも第2次世界大戦に着目しています。公のシステムを人々が信じれば信じるほど、個人が生きづらくなってしまう。すごく似ているんですよね、戦前戦中の空気と今の時代の空気って」

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