イタリア再生を託された「謎のクルマ屋」の正体

"名車の父"の魂は経済再開に明かりを灯すか

ではなぜ、同社だけが“レース界の巨人”として君臨することになったのだろうか。1つには、彼らが裏方に徹し、幅広いクライアントを獲得するビジネスストラクチャーを作りあげることに専念したことであろう。

ジャンパオロ・ダラーラと「ランボルギーニ・ミウラ」(写真:ダラーラ社)

彼らは技術と経験を基に、裏方として多くのメーカーの車両開発を請け負った。そして、それはレースカーのみならず、イタリアのモーターヴァレーに本拠を持つ、フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティをはじめとする世界中のハイパフォーマンスカーメーカーの市販車両の開発も含まれていた。

今や1台のクルマを完成させるには、空力や動的挙動などの多くをバーチャルでシミュレーションし、効率的な開発を行う。ダラーラ社は早い段階から最新の設備を導入していたが、多くのモデル開発に従事し、そこで得た収益から必要な計測機器やドライビングシミュレーター、風洞実験室のアップデートなど、高価な設備の導入に先んじて投じていった。そこまでくると、もはや世界にライバルは不在だった。

レースカーの開発や製造は、決して割のいいビジネスではない。レギュレーションの変更で緊急を要す仕事も突然飛び込んでくる。レース・シーズンの前は忙しいが、シーズンが始まると急に暇になるといった具合で、稼働にも波がある。さらに、レースのチーム運営には多額の資金が必要となるので、景気の浮き沈みでレースから撤退というような事態もよくある。

つまり、クライアントが安定しない。まさにレースは“水もの”なのだ。そういった浮き沈みをカバーするため、レースカー・市販車両の双方において多くのクライアントを抱え、開発を請け負った。

「安全」に懸ける並ならぬ信念

2つ目に、ダラーラ社は明確な企業理念を打ち出し、きれい事ではなく、それを実践してきた。

私がジャンパオロに初めてインタビューをしたときのことを今でも思い出す。多くの場合、いかに苦難の末に現在の地位を獲得したかというヒストリーや、最新のトピックからインタビューは進んでいくのだが、彼は違った。モータースポーツ界では有名な“F1神父”こと、故ドン・セルジオ・マントヴァーニが作った『レースで命を落としたドライバーたちに捧げる』という小冊子を手に、こう語ってくれたのだ。

「これまで何人のドライバーが命を落としたことでしょう。かつてレースにおいては『安全』という概念すら存在しませんでした。ですから、私はドライバーにできるかぎりの安全を与えることのできるクルマを作りたい。これこそがこの会社の使命なのです」

レースで速く走るのは当たり前。それよりも重要なのは、すべてのクルマにおける安全性の追求だ――。彼はこの誓いにこだわり、基準値の何倍もの強度を持つシャーシを開発し、廉価なシリーズにもそれを採用した。

ジャンパオロの安全にかける強い執念にはいっさいの妥協がないと、彼を取り巻くエンジニアたちは証言する。そして、そのこだわりは企業活動のあらゆるところに表れ、顧客から従業員まですべてを大切にする、至極“真面目”な企業風土を醸し出している。それゆえ、ダラーラ社に対する業界からの信頼は絶大なのだ。

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