「毒親」の母が認知症になったら介護できますか シングルマザーの道を選んだ39歳女性の幸福

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「目が離せないのでどこにも出かけられず、息子の検診に行っても急いで帰宅。何かあったらあったで仕方ないと割り切っていたつもりでしたが、正直しんどかったです」

入院する直前、母親はトイレの失敗が増え、汚れた下着や失禁パッドをカバンなどに隠すこともあったが、食事や入浴だけでなく、松永さんのサポートのおかげで友だちとの交流も、ギリギリまでできていた。

ダブルケアにおける3つの信条

2020年2月、松永さんは単発で仕事に復帰。

「生後約半年で息子を保育園に入れたので、『かわいそう』と言われることもありました。でも後悔はありません。介護はいつまで続くかわからないので、早め早めに手を打っておくに越したことはないと思っています」

デイサービスやヘルパーに反対していた父親と妹も、「早めに頼んでよかった。なかったら無理だったね」と話している。

「母には1人で産むことを反対されましたが、やっぱり孫ができてうれしかったんでしょうね。1年くらいしか一緒に暮らせなかったのに、息子のことは忘れない。息子を産んで本当によかったです」

松永さんが息子を病院へ連れていくと、母親は必ず笑顔になる。

「息子がいないほうが身軽ですが、制限ができたことで道が定まり、自分がやるべきことが明確になったような気がします」

松永さんは今、正社員だった頃に従業員の労働時間管理に関わった経験から、ある国家資格の取得を目指している。

「ダブルケアを経験して、資格取得への意欲が高まりました。今後はダブルケアもシングルマザーも増えると思うので、誰かの役に立てたらいいなあと思います」

現在39歳の松永さんの信条は、「そのとき自分にできることを、楽しみながら全力でやる」だ。

「ダブルケアは1人では無理です。『抱えすぎないこと』『家族を巻き込むこと』『楽すること』が大切。まだやれると思っても、余力を残すことです。保育園もデイサービスも、使えるものは何でも使えばいい。

節約もしすぎると心が荒(すさ)むので、時には欲しい物を買う。ダブルケアをしている人って、自分を後回しにしがち。でも自分が倒れたら終わりです。だから自分をいちばん大事にして、あとは優先順位をつけるべきだと思います」

母親には、「お母さんは息子の次に大事だよ」と口に出して伝えてきた。「命に関わらないことなら後回しでもいい」と、つねに優先順位を意識した。

介護が始まったとき、「自分が幸せになることを諦めた」という松永さん。

「今振り返ると、介護の始まりが人生の終わりではないし、調べればいろいろなやり方がある。なるようにしかならないんだから、先々のことを考えすぎて暗くなっても意味がない。今あるもので、何が最大限できるかを考えることが大事だと思います」

ダブルケア当事者には、責任感や義務感の強いまじめな人が多い。そんな人こそ、幸せになることを諦めないでほしい。

旦木 瑞穂 ライター・グラフィックデザイナー

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たんぎ みずほ / Mizuho Tangi

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する記事の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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