JR東海は、いつかくる東海・東南海・南海地震への備えとして東海道新幹線早期地震警報システム(テラス)を持っている。沿線から離れた21カ所の検知点を使い、P波の大きさの変化から、新幹線の走行への影響を予測して警報を発し、その警報を受けた変電所は、走行中の列車への送電を停止する。その結果、S波が到着する前に、列車の速度は低下する。ボクの乗っていた新幹線は、テラスのおかげで無事に緊急停止したのだ。
テラス端末が収められたラックには、張子のなまずが4体並んで置かれている。ほかにも多くの機能がこの指令所に集中している。やはり『ダイ・ハード TOKYO』の舞台はここになるだろう。
もし、この指令所が被災などしたら、新幹線の運行はどうなるのか。
まず短期的には、駅間の列車については、駅長権限で運行させることになる。A駅長とB駅長との合意の下、AB間にある列車はどちらかの駅を目指すことになる。タブレットを交換しながら走る汽車の世界こそが、運行の基礎なのだ。
その後、バックアップの指令所が稼働する。大阪某所にある、新幹線第2総合指令所だ。すぐに利用できるよう常時電源が入った状態でスタンバイしている。そこに指令が集まって、東京に代わって指令を出す。
その指令たちはどこからやってくるのか。東京から新幹線でというわけはにいかないから、ヘリで移動する。それが答えのひとつ。もうひとつの答えは、JR東海の管轄の名古屋以西で運転士や車掌、駅員などとして働いている指令資格保持者が、緊急登板するというものだ。
普段は別の仕事をし、いざというときに颯爽と指令所に集まる隠密指令たちの存在は、なんとも頼もしい。いや、ブルース・ウィリスを追い詰めなくてはならない側としては、地団駄を踏みたくなる難攻不落のセキュリティである。今後は名古屋より西へ行ったら「この人も隠れた指令か。さては工務系か」などと妄想するのが楽しみだ。
しかし、隠密は隠密のままがいい。1999年に開設された新幹線第2総合指令所は今日まで本番を迎えないまま、研修などのために使用されている。
歴史があり緻密で質が高く、「まず間違いがない」という安心感を与えてくれる東海道新幹線。これは何かに似ている。見学の間、ずっとそう思っていたのだが、帰り道でふと気がついた。
東海道新幹線は、エルメスなのだ。エルメスといえば、世界でトップのブランドで、ただ高額なだけでなく、革の質も群を抜いている。もともとは馬具工房だから縫製などの技術へのこだわりも強い。人を運ぶためのものを安全に丈夫にと作っているうちに、心地よさや美しさまで追求し始めた。新幹線は庶民の手にとどくエルメスなのかもしれない。
エルメスの品質を堪能しようとしたら、清水の舞台から飛び降りるほどの出費を覚悟しなくてはならないが、新幹線品質を楽しむなら、「そうだ 京都、行こう。」と駅に向かえばいいだけだ。春の清水寺は夜桜が美しい。ボクもブルース・ウィリスのハリウッド映画は置いておいて、京都四条南座で行われる三月花形歌舞伎でも観に行きたいところである。
(構成:片瀬京子、撮影:尾形文繁、梅谷秀司)
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