死者64万人想定のコロナ緊急宣言は妥当なのか インフル特措法の想定に第一人者が唱える異議

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それでも2012年4月、緊急事態宣言を盛り込んだ法律が成立した。喜田氏のもとには内閣府の役人から電話があったという。被害想定に疑問を持つ喜田氏の考えに納得しつつも、今後、病原性の強い未知のウイルスが出現したときのために「新型インフルエンザ等対策特措法」の「等」を入れた、との説明だったという。

こうしてできた新型インフル特措法に、安倍政権はコロナウイルスを適用する法改正を成立させた。喜田氏は、今でもこの法は「悪法」だと言い、コロナウイルスを適用することにも反対だ。

今回の法改正によって新型コロナウイルスでの緊急事態宣言に疑問を持つ専門家は喜田氏だけではない。

新型インフル特措法の成立時に厚生労働省の専門家会議の議長を務め、現在は新型コロナウイルスの専門家会議のメンバーである岡部信彦・川崎市健康安全研究所長は、「対策を取るためには(事前に)法はあってもよいが、今回の新型コロナウイルスのレベルで宣言するのは、経済的にも社会的にも混乱を招くおそれがある。宣言は抑制的であるべき」と話す。

安倍首相にとって、この緊急事態宣言のハンドリングには政権の浮沈がかかっている。3月9日の参院予算委員会の答弁で「患者数の急速な拡大といった事態に備え、緊急事態宣言の発出等を可能とする法案の提出を予定している」と述べるなど「緊急事態宣言」に前のめりだった。

強権発動は妙手

ある意味で、こういった非常時における強権発動は妙手だ。抑え込みに成功すれば英雄視される。仮に緊急事態宣言を出して効果がなかったとしても、それはウイルスが強大ゆえのことであって、責められることはないだろう。新型コロナで初動の対応が後手に回ったと批判されている安倍首相からすれば、「攻め」の政策で国民にアピールできる材料の1つが、緊急事態宣言を発動できるような法改正だったと見ることができる。

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死者数が中国に迫るイタリアやイランなどの状況をみると、とても他人事とは思えない。外出の自粛や、さらには都市封鎖までもが現実味を増している。だが一方では、ウイルスの封じ込めを徹底すれば市民生活が奪われ、全世界で経済の停滞を招くのは明らかだ。

生活、経済、そしてパンデミックの規模やウイルスの病原性などの相対的なバランスが問われている。そのバランスを無視した政権浮上のための強権発動だとすれば、国の形をゆがめてしまいかねない。私たち国民も、パンデミックの恐怖に流されず、その本質を見極める冷静な目を持ちたいものだ。

辰濃 哲郎 ノンフィクション作家

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たつの てつろう / Tetsuro Tatsuno

1957年生まれ。慶応義塾大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。支局、大阪社会部を経て、東京社会部で事件担当や遊軍キャップ、デスクなどを務める。2004年退社。主な著書は『ドキュメント マイナーの誇り―上田・慶応の高校野球革命』 『海の見える病院 語れなかった「雄勝」の真実』、共著は 『歪んだ権威 密着ルポ日本医師会~積怨と権力闘争の舞台裏』 『ドキュメント・東日本大震災 「脇役」たちがつないだ震災医療』。佼成学園高校で甲子園に出場。慶応大学では投手だった。関連して著書に『ドキュメント マイナーの誇り・上田慶応の高校野球革命』がある。

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