ところが、その数カ月後に始まった新型インフルエンザのパンデミックウイルスは、H5N1ではなくH1N1という予想外のものだった。しかも死者は、そのシーズンは約200人で、翌年からの季節性インフルエンザ関連の死者数は5000人前後に跳ね上がっている。もちろん季節性のインフルエンザには、H3N2やB型のウイルスも混在しているが、季節性のインフルエンザになってからの死者数のほうが圧倒的に多いことがわかる。
2009年に発足した民主党政権は、17万~64万人の推計死者数と、「病原性の強いH5N1ウイルスが新型になって襲ってくるのは秒読み段階」という一部の専門家の警告を背景に新型インフルエンザ対策を進めていった。その1つが、新型インフル特措法の立法だった。
喜田氏は、その過程で内閣府の役人から相談を持ちかけられていたのだ。だが、「新型インフルエンザで、それほどの死者が出るわけがない」と一蹴した。
「非科学的」に映った理由
喜田氏といえば、1968年の香港かぜウイルス(H3N2)について、カモ由来のウイルスがアヒルなどの家禽を経由してブタに感染し、ヒトのアジアかぜウイルス(H2N2)がブタに同時感染して生まれたことを突き止めた、人獣共通感染症の第一人者だ。その喜田氏にとって新型インフル特措法案の根拠は、あまりに非科学的に映った。
なぜ非科学的か? 理由は2つある。
第1の理由が、スペインかぜやアジアかぜが流行したときとは比べ物にならないほど医療が進歩していること。スペインかぜでは感染者の多くが、ウイルスそのものではなく2次感染による細菌性肺炎で亡くなったのだが、当時は細菌に効く抗生物質がなかった。明らかに医療水準が異なるスペインかぜ当時の致死率を、単純に当てはめて推計した死者数に違和感を覚えたという。
第2に、鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染するのは、その人が鳥型のレセプター(ウイルスをやり取りする受容体)を持っていたからで、鳥インフルエンザウイルスがブタを介さずにヒトからヒトへ感染する能力を持つことは考えられない。
つまりヒトからヒトへの感染の広がりは、簡単には起きないのだ。さらに言えば、新型インフルエンザウイルスに変異する可能性はH5N1だけでなく、144通りの亜型のインフルエンザウイルスのすべてにある。
喜田氏は、ありえない根拠と被害想定によって、私権を制限する緊急事態宣言が盛り込まれた法律には反対の意思を示した。
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