2月。年度末に向け、決算書や確定申告の準備に追われ始める季節である。その中で、慌ただしく動いている会計士がいた。身長188センチ、スラリと長く伸びた手足に、無駄な肉がついていない体幹。その体躯は、プロアスリートであった過去を容易に想像させる。
奥村武博(40歳)。元阪神タイガースの投手で、プロ野球選手初の公認会計士になった男である。飲食店開業でも、起業でもなく、士業。それも、国家資格の中でも難関の1つとされている会計士。短期集中連載「プロ野球『戦力外』のその先」第2回では、引退後のアスリートがどのようにして次のキャリアを歩んでいくかを、奥村の実際のストーリーから読み解いていこう。
2回目のクビ
「高卒4年でクビになった後、打撃投手として球団に残りました。でも、それも1年でクビ。2回目のクビのとき、”この後、何をやったらいいんだろう”って、本気で悩みました」
まだ若い奥村に対し、球団はほかのチームで打撃投手を続ける道を提案した。しかし、球団を移ったところで、社会に出るタイミングが遅くなるだけだと判断し、ここで野球界を去る決断をした。当時23歳。通常なら社会人1年目であるこの年に、2度目のクビを言い渡された。
「友人と一緒に、バーを経営することにしました。飲食業というのは、野球界のすぐ隣にあるんです。だから、相談するとなると飲食業界が多い。その流れで始めました」
当然、素人が簡単にうまくいくほど甘くはなく、飲食業の奥深さを知る。自分が何も知らないこと、何もできない現実と向き合う一方で、同級生だった井川慶は、阪神タイガースのエースとしてチームを優勝に導いていた。現実とのギャップに苦しみ、頭には円形脱毛症もできた。
「バーの経営もうまくいかず、その後はホテルの調理師などもやりましたが、結局は飲食業界から出られないままでした。かなり行き詰まっているときに、『視野を広げたら?』と渡された本があります。『資格ガイド』という本でした。結果的に、その本が人生を変えました」
厚さ3センチを超える分厚い本は、日本に存在するありとあらゆる資格の情報が記載されている(ちなみに、2020年版の資格ガイドには、奥村氏のインタビュー記事が載っている。人生を変えた本に、自らが載ることになるとは、このときは知る由もない)。
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