落語家・柳家三三「教えない師匠」に学んだ境地 中学1年ではまった世界、師匠小三治との縁

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三三は高校に進んだ。しかし落語家になる思いは断ちがたく、「高3の2学期の期末試験の日に、朝“行ってきます”って言ってそのまま東京行って。師匠のうちの前に立っていた。

初日は会えなくて、2日目もただ立っていて、このままじゃ会えないし、とインターホン押した。そしたら前座さんが出てきて、新宿末廣亭に出ていると教えられて、夜の出番が終わったところを楽屋口で会って話したら、“あら、来ちゃったんだ”みたいな感じで入門が決まった」。

柳家小三治は「厳しい師匠」として知られている。手を上げたりがみがみ小言を言ったりするわけではないが、弟子にはつねに「高い水準」を求める。その静かなプレッシャーが弟子にのしかかるのだ。

「たしかに入門した人の半分ぐらいはクビになってるわけですから、そういう意味では厳しいのかもしれないけど。ただ僕は別に、社会経験とかそういうのもないし、高卒でそのまま入っちゃったから。厳しいとか厳しくないとかは全然考えなくて、言われることをやっていくことがすべて。“ああ、そうなんだ。噺家なんだからこうなんだ”っていうことばっかりでした」

驚くべきことに、三三は師匠小三治から噺を付けてもらったことがないのだという。

取材をもとに筆者作成

「兄弟子だったりよその師匠だったりに教えてもらった。師匠からは一度も教えてもらっていない。

二つ目になる少し前に師匠に噺を聞いてもらったことありますけど、それも“御隠居さん、こんにちは、誰かと思ったらはっつぁんかい”ぐらいまでやったところで、“聞いてられない”とか“駄目”とか、言われてしまった。そうなると“はい、そうですね”というしかない(笑)。

どう駄目とかは言わないので、自分で考えるしかない。そのときそのときで自分で、ああかな、こうかなって。かといって努力した結果を師匠に見せても“そうか”とか、“それ違う”とかっていうこともとくにはないので。その答え合わせの時間みたいなのものがあるわけでもない」

「答え」を言わない名伯楽

柳家小三治の「厳しさ」とは、決して「答え」を言わないことなのだろう。

筆者は野球の指導者について取材を続けているが、高校野球やプロ野球の最先端の指導者は「ああしろ、こうしろ」とは言わず「選手に考えさせる」ことが多い。指導者から手取り足取り教えてもらった技術はなかなか身に付かないが、自分で創意工夫したことはしっかり体に染みつく。指導者は間違った方向に行ったときだけ、簡潔に注意を促すのみだ。

小三治の指導法もそういうものではなかったか。落語家もプロ野球同様、“個人事業主”だ。師匠の言うとおりそのままやってもお客に受けなければどうしようもない。自分で考え、工夫をして「受ける噺」を創っていくしかないのだ。そういう意味では、柳家三三の師匠、柳家小三治は「名伯楽」なのかもしれない。

また三三が、アマチュア時代に落研などの経験がいっさいなく、小三治門に入って一から落語の修業をしたことも大きかったかもしれない。純粋培養だから、直接教わらなくとも師匠の考えが砂に水が染み込むように頭に入ったのかもしれない。

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