加えて法的規制の問題もあった。国内では麻薬や向精神薬の乱用防止、中毒者への必要な医療提供、生産や流通の規制を目的に「麻薬及び向精神薬取締法」という法律がある。
同法では合法的な精神疾患の薬なども別途政令で具体的な薬剤名を挙げて指定し、この指定を受けた薬は厚生労働大臣あるいは都道府県知事から免許を受けた者しか取り扱いできず、厳格な保管や在庫記録の管理などが求められ、医療機関同士や保険薬局同士でも一部を除き譲渡・譲受はできない。ある薬が同法に基づく政令での指定を受けていることについては医療現場でいくつかの意味をもつ。
まず、指定を受けた薬剤は処方日数の上限が定められる。これは効果や副作用などの安全性の確認や患者が正しく使えているかなどを定期的にチェックすることが必要になるからだ。一般に向精神薬の指定を受けたものの多くは処方日数上限が30日となる。これにより患者の乱用へのハードルは高くなる。
また、この指定を受けることは医師に対する「警告」的な効果も大きいとされる。指定を受けると、とくに精神科などの専門医以外の医師にとっては「注意が必要な薬だ」というイメージが定着し、専門医以外は処方を躊躇しやすい、つまり安易な処方は防げる可能性が高まるというものだ。
デパス(エチゾラム)も2016年9月に指定を受けている。しかし、その指定は発売から実に30年以上と、医療従事者の間でもいぶかしげに思う人が少なくないほど、発売から指定までの期間が空いている。
つまるところ依存を生みやすい薬剤特性がありながら、幅広い診療科で処方され、服用者の裾野が広く、なおかつ法的な規制が緩かったというのがデパス(エチゾラム)が乱用されやすい原因と考えられる。
高齢になればなるほど処方量は増加
このデパス(エチゾラム)の国内での処方実態の一端をうかがわせるデータがある。厚生労働省は、医療機関が保険診療に際して市町村や健康保険組合に対して患者負担分以外の医療費の支払いを求める明細書(通称・レセプト)の集計結果を2015年分からNDB(ナショナル・データベース)オープンデータという名称で公開している。
NDBオープンデータでは医療に関わる各種技術料や薬剤を項目別に全国集計し、都道府県、年齢階層別でデータが公開されている。
このデータからデパス(エチゾラム)の処方量を人口統計の各年齢層の人口で割り算し、1000人当たりの平均処方量をまとめたものが下図になる。一見するとわかるが、高齢になればなるほど処方量は増加し、最も多いのは80代である。
繰り返しになるが精神神経系の薬の乱用の場合、そこに至るルートは、「治療のための服用⇒常用量依存⇒乱用」のことが多い。となればデパス(エチゾラム)の乱用も高齢者が多くてしかるべきだ。前述の全国調査では各原因薬物内での年齢データは存在しない。しかし、全国調査で報告された全症例における年齢階層別で70代以上は3.3%しかいない。
どういうことか? 実はデパス(エチゾラム)をはじめとするベンゾジアゼピン受容体作動薬では、前述の全国実態調査には出てこないまさに一歩手前の「常用量依存」の患者が多いのではないかという指摘は医療従事者の中ではかなり多い。