第2回:20年間「デパス」を飲み続ける彼女の切実な事情(2019年12月3日配信)
第3回:薬剤師が見たデパス「気軽な処方」の皮肉な実態(2019年12月6日配信)
※本来複数の製薬企業から同一成分の薬が発売されている際の表記では、成分名のエチゾラムを使うのが一般的である。しかし、服用患者も含め世間一般では簡単に覚えやすい「デパス」でその名が広く知られていることが多い。このため以後はエチゾラムではなく「デパス(エチゾラム)」と表記することをあらかじめお断りしておく。
医師が見た「必要悪」デパスの功罪
前回は、薬剤師の視点からデパス(エチゾラム)の処方実態に迫った。2016年に向精神薬の指定を受けるまで、「広い適応」「長く処方できる」などの利点があり、それゆえにいわば「気軽」な処方、時には薬理学的に考えて意味が不明な処方が行われたのではないか?という疑いが、取材を通して見えてきた。
医師は、この問題をどのように見ているのだろうか?
脳神経外科医でもあり、現在は日本精神神経学会精神科専門医として精神科診療を中心に行っている、岩手県盛岡市の原田内科脳神経機能クリニック院長の原田達男氏は「デパスが発売された当初は、現在ほど精神科の薬の種類が多くなかったことが広く使われた大きな理由だと思います。しかも、短時間作用型の薬であるため、逆に副作用でふらつきなどが出ても短時間で解消できると思われ、使いやすいとの誤解が内科医などに少なくありませんでした。
その結果、処方が浸透して現在のような依存・乱用の多さに至っているのが現実でしょう」と語る。
一方、薬剤師の吉田氏が指摘したような脳神経外科などの一部で片頭痛治療の際に併用薬としてデパス(エチゾラム)が使われることについて原田氏はやや首をかしげる。
「デパスが適応を持つ筋収縮性頭痛が片頭痛の引き金になることはあります。このため筋収縮性頭痛を抑えて片頭痛の症状改善を狙った処方だろうと思いますが、片頭痛のすべてが筋収縮性頭痛をきっかけにしているわけではありません。極めて古典的な考えの処方の仕方だと思いますし、現在は片頭痛専用の薬の種類も増えているので今後はなくなっていく処方だと思います。少なくとも私はそうした使い方はしません。ただ、脳神経外科や整形外科などで痛みのコントロールなどを目的に安易に使われてきた実態は否定できません」
すでに2016年9月の向精神薬指定により全体的にデパス(エチゾラム)の処方は激減したと語る原田氏。ただ、やはり高齢者などで長期間にわたって服用が続き、別の薬剤に切り替えようとしてもなかなかデパス(エチゾラム)を離脱できない経験をした患者はいるという。
「ただ、最近ではベンゾジアゼピン受容体作動薬は使うべきではないという考えが浸透しましたゆえに、若い医師などの間では依存のある患者さんでの適切な離脱方法をせずに、一気にデパスの投与を中止してしまうケースもあります。そうした患者さんは離脱症状に苦しむか、デパスを処方してもらいやすい他の医師に鞍替えしてしまいます。医原性の依存患者さんが、また医師により苦しむという悪循環も陰に隠れています」
原田氏自身も積極的にデパス(エチゾラム)を患者に処方することはない。そもそもデパスをはじめとするベンゾジアゼピン受容体作動薬は、高齢者では副作用のふらつきなどが出やすい。身体機能が落ちている高齢者での処方は転倒による骨折などの危険が多いと感じているからだ。ただ、「どうしても不安や動悸で眠りにつけず、ほかの薬で効果がないというケースで頓服として使うことはごくまれにあります」と語る。
「結局、依存が起こるのは患者さんにとって『抜け』がわかる、つまり効果が切れてきたことがわかるからです。そうするとまた薬を欲しがるという悪循環になりがちです。私がどうしても不安などで眠れないという人に頓服で使うことがあるのは、服用して眠りに入れば患者さんが『抜け』を自覚することがないからです。
ただ、一定の効果が認められた後は長時間作用型の薬剤に切り替えるなど、処方開始時からどのようにして最終的に投与を止めるかを想定する、依存に配慮した使い方が必要なのです。やや口酸っぱく言ってしまえばデパスは精神科専門医が非常に限られたケースでやむなく慎重に使う程度の『必要悪』。一般内科などで眠れない患者さんに気軽に処方するような薬ではないのです」