合法的な薬物依存「デパス」の何とも複雑な事情 ズルズルと飲み続ける患者を生んでしまった

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前述の全国調査の研究分担者でもある精神科医で国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦氏は、次のように語る。

「まず断っておくと、継続服用患者=常用量依存者ではありません。問題は、長期服用者のデータはあっても、常用量依存の実態に関するデータは存在しない、ということです。常用量依存の定義は、治療すべき症状が改善してもその治療薬をやめることができない状態。だから常用量依存を確認するためには、とにかく一定期間、薬をやめても、それで症状がぶり返さないことを確認しなければなりません。

ところが実際の臨床現場でそれができないし、患者さんたちも嫌がります。だからずるずる飲み続けて、常用量依存かもしれないし、不眠とかあるいは治療を要する水準の不安が持続しているのかの区別がつかないのです。これでは、常用量依存の実態はわかりません」

では「常用量依存は薬物依存症なのか」? 松本氏の考えは違うという。

「いろいろ論議はありますが、私の答えは『薬物依存症ではない』というものです。精神科医が依存症と判断する際に重視するのは、身体依存(身体が薬に慣れてしまい、急な中断で離脱症状が出現する状態)ではなく、精神依存(渇望、なりふり構わない薬物探索行動)の存在です。

本来の自分の価値観をかなぐり捨ててでもその薬を欲しくなり、正直者で有名だった人が『薬なくしちゃいました。もう1回処方して下さい』とうそを言う、並行して複数の医療機関からお薬をもらってくる、医者にすごくごねたり恫喝したりとかして処方を要求したりとかする人たち、あるいは、大切な家族を裏切り、仕事を犠牲にしても薬物を使い続ける人たち、それが私たちが日々、依存症専門外来で診ているベンゾジアゼピン受容体作動薬の依存症なんです。

常用量依存の人には、身体依存はありますが、精神依存はありません。医者から言われたとおりきちんと病院に行って薬を飲んでいるものの、本人は薬をやめたいと思っている。でも、いざやめようとするとやめられない。その理由が、病気の症状がまだ改善していないからなのか、身体依存が生じてしまっているのかがわからない。だから、本当にその人が常用量依存に陥っているのかどうかがわからないのです。

しかし、誤解しないでいただきたいのですが、私は、常用量依存は薬物依存症ではないから大した問題ではないなどとは考えていません。やはり漫然と飲んでいて高齢になると、若いときには出なかった副作用が急に出てくるものなのです。ですから、とくにデパスのような即効性のあるベンゾジアゼピン受容体作動薬を漫然と処方し続けることは、到底推奨できるものではありません」

事故につながりかねない副作用はある

デパス(エチゾラム)の場合、発生頻度はいずれも5%にも満たないが、主な副作用として眠気、ふらつき、倦怠感、脱力感などが報告されている。これらはいずれもぱっと見はそれほど重大なものには思えないかもしれない。

しかし、もし眠気が自動車の運転中や大きな作業中に起これば、人の命が失われる重大な事故につながる可能性もある。また、高齢者ではふらつき、倦怠感、脱力感は転倒による骨折などにもつながる。高齢者の場合、転倒による骨折はその後の寝たきりやその結果に伴う認知症の進行や日常活動の低下などに行き着くこともある。

実際、高齢者医療の専門医が集まる日本老年医学会では、薬による副作用が出やすい高齢者での治療の際に注意すべきことなどをまとめた医師向けの「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」を作成し、この中で副作用の危険性から75歳以上の高齢者や75歳未満でもフレイルと呼ばれる身体が虚弱な状態、あるいは要介護状態の人に対して「特に慎重な投与を要する薬物リスト」を公表している。この中にはデパス(エチゾラム)をはじめとするベンゾジアゼピン受容体作動薬すべてが含まれている。

乱用にまで至らなくとも、事故などにつながる可能性をもつ常用量依存。しかしその実態は把握されず、もしふらつきによる転倒が起きたとしても、それが薬のせいなのかそうでないのかは見分けがつきにくい。それを許容すべきなのかは議論の余地が残ると言えるだろう。

(取材・執筆:村上 和巳/ジャーナリスト、浅井 文和/医学文筆家)

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(第2回に続く)

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2016年10月にメディア関係者と医療者の有志により発足。メディアとヘルスケア関係者(医療者・支援者・当事者など)の垣根を取り払い、医療健康情報のよりよい発信手法について学びあうことを目的に活動している。2018年に非営利型一般社団法人化。2019年6月、スローニュース社の支援のもと「調査報道チーム」を立ち上げ、村上和巳(ジャーナリスト)を編集長として医療健康分野における社会課題の発掘・議論喚起を目指す取り組みを開始した。

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