そこでは誰もが同じ現実を共有しており、時間や空間も均一のものとしてとらえられている(実際には、全然そうではないのに)。その結果、他人との比較、違いでしか自分の位置づけを確認できない。また業務の一部分のみを担当するので、仕事の全体感も得にくい。
バブル後の1990年代半ばからは、金融不況を伴った会社破綻やリストラの実施などにより、雇用不安や収入の減少にさらされるようになった。
このため「明日が今日よりも豊かである」という気分が、多くの組織から消え去ったことも、社員の気持ちの揺らぎに拍車をかけている。明日のために頑張ったが、足元の今日がむなしくなったことに気がついた人もいるかもしれない。
会社のシステムとは別に、長く同じ組織や仕事に従事すると、「飽きる」ということも避けられない。あのドラッカーも著作の中で、社員の年齢の経過とモチベーションの関係について言及している。
「45歳ともなれば、全盛期に達したことを知る」「30歳のときには心躍る仕事だったものも、50歳ともなれば退屈する」(『明日を支配するもの』)。
しかし個人が仕事をしながら次の人生の準備をしたり、自主的にボランティア活動などに取り組むには限界があるのも事実だ。
「二者択一」は追い込まれた状態
組織での働き方に限界を感じたときには、私たちは、会社に残るか、独立するかの二者択一に還元してしまいがちである。私にもそういう時期があった。
そうなると、多くの人はリスクを回避する立場から、現状追認の姿勢になってしまう。それとは逆に、迷った局面でスパッと白黒をつけて次のステップに向う人たちもいる。私は両者ともうまいやり方ではないと思っている。
二者択一に帰着しているのは追い込まれている状態なのだ。今までの選択を重ねてきた結果、行き詰ったと考えたほうがいい。そこでの判断を自分の内なる声の産物だと誤解してはいけない。
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