「何者でもなかった大学生」が夢をつかめた理由 「可能性を信じることで可能性は広がった」
若い人から将来への不安を打ち明けられ、「19、20歳で人生の方向を決められるわけがないんだから、その時点でピンときたことをやればいい。やってだめだったら、やり直せばいいんだから」と答えた経験が何度かある。
人生の方向に迷ったまま大学を卒業する人も多いが…
若いうちにしかできないことでもあるからであり、それは私の持論だ。だから、先が見えにくかったとしても、自信が持てなかったとしても、そういうことはどんどんやってみたらいいと思う。
僕はベッドに寝転がって天井を見つめている。答えを探しに大学に来たっていうのに、湧いてくるのは疑問ばかりだ。
“本当のところ、僕は何に興味があるんだ? 何を専攻したいんだ? どう生きたいんだ?”
僕はまた寝返りを打った。(5ページより)
だから『サードドア: 精神的資産のふやし方』(大田黒奉之訳、東洋経済新報社)の著者、アレックス・バナヤンが、このように苦悩していた気持ちもわかる。
ペルシャ系ユダヤ人の移民の息子として生まれた自分が勉強に専念できるように、両親はすべてを犠牲にしてくれたこと。それはわかっていたが、答えを見つけ出せない状態が続いていた。
同じような思いを抱えたまま、大学を卒業する人も少なくないだろう。ある意味では、“そんなもの”なのかもしれない。しかしバナヤンは、ちょっと違った。
「サードドア」に注目したのである。
トピックボードAD
有料会員限定記事
ライフの人気記事
無料会員登録はこちら
ログインはこちら