車好きでも意外にわかってないタイヤの重要性 路面との唯一の接点だからこそ本当に奥深い
基本的に外国車勢に装着されていたからかもしれないが、外国製タイヤを「カッコいい」と意識して見たのも初めて。中でも気に入ったのはピレリだった。トレッドパターンもサイドウォールのデザインもロゴも、、ひときわ洗練度が高く見えた。
以来、ブランドは気になるようになったが、評価軸はカッコだけ。それ以上のなにかを知ろうとか、学ぼうとはしなかった。
で、1964年、自動車雑誌社に編集部員として就職。新型車や外国車に試乗し、インプレッションを原稿に書く日々を過ごすようになったのだが、それでもまだ、タイヤに意識を向けることはなかった。
そんな僕の、タイヤへの意識を大きく変えさせてくれたのは、小関典幸さん。富士重工=スバルの実験部に所属し、車両評価の先頭に立つ人だった。レースやラリーでもスバルのエースだった。
そんな小関さんと知り合った経緯は覚えていない。スバルの試乗をしたときにでも会ったのか、、記憶は定かではないが、1970年を少し過ぎた頃だったように思う。そして、短期間で親しくなった。
小関さんはなんでも教えてくれた。クルマの評価方法についても、手取り足取りといった感じで「プロの手法」を教えてくれた。
タイヤの重要さを意識したのも、小関さんから教えられたから。「タイヤの評価ができなければ、クルマの評価なんかできない。タイヤを勉強しろ」と強く言われたからだ。
クルマにとっての「タイヤ」の重要性
元々、僕は、操縦性/安定性の評価にはこだわっていた。メーカーもそこに注目してくれていたのも知っていた。が、クルマ全体としての評価しかしておらず、タイヤがどんな影響をもたらしているかという重要項目(後になって気づいたことだが)の評価は置き去りにしていた。
そんな経緯で僕はタイヤの勉強を始めた。素材や構造と性能の関係といった机上の勉強はもちろん、いろいろなクルマにいろいろなタイヤを組みあわせて走った。空気圧の変化や路面の変化によるパフォーマンスの変化を実感し、クルマとの相性を考えるのも重要な項目だった。
タイヤを変えるだけで、空気圧を変えるだけで、クルマのあれこれは変化した。変化の振れ幅が大きいクルマも小さいクルマもあった。
BSとヨコハマに「タイヤの勉強したい旨」の話しをしたら、とても喜んでくれ、サポートの約束をしてくれた。自力で多くのタイヤを用意するのはとうてい無理だが、両社が引き受けてくれたことで、勉強に全力投球できた。
タイヤの勉強には、かなりの繊細さと集中力が求められたが、一つ一つ新しい経験=知識を積み重ねてゆくのは楽しいことでもあった。
少しでも疑問があると、理解できないことがあると、すぐ小関さんに電話した。電話で解決できることもあったが、できないときは太田市(群馬県)にある小関さんのお宅へクルマを飛ばした。