「私が悪い」と自分を責めてしまう罪悪感の正体

この世で一番許せないのは自分という人も

「飲み会の失敗は自分のせい」と思うことはありませんか。これは、タイプ2の罪悪感にあたります。同僚との飲み会。幹事ははりきって準備をしてくれて、さあ、スタート。しかし、なぜか場の空気はギクシャク。誰かがおもしろいことを言っても笑いが起きるわけでもなく、隅のほうではこそこそと話しこむ人たちもいて、皆がかみ合わない感じです。自分も周りの人に話しかけるのですが、会話が続かず沈黙が訪れます。そのうち、料理をただ淡々と食べて散会となりました。

帰り道、がっかりした気持ちと同時に「もしかして自分がいたからあんな空気になったのではないか?」と悶々とした気分になってしまうあなた。別に自分がなにかをしたわけでもないし、同僚との間になにかトラブルが起きていたわけでもないけれど、なぜか、「自分のせい?」という気持ちが離れなくなってしまったのです。

「飲み会」を例にとっていますが、職場や同窓会、好きなアーティストのライブなどが盛り上がりにかけたり、殺伐とした空気になったり、ぎこちない会話が繰り返されたりしたときに、ふと「自分のせい?」と考えちゃうことってありませんか? 実はそれ、罪悪感がつくりだした思いである可能性が強いのです。

とはいえ、その実感もなければ、また、思い当たる原因もないかもしれません。しかし、幼少期からの人間関係で積み上げてきた罪悪感は、こうしたシーンにおいて、ふと顔をのぞかせるのです。

「思いこみ」が潜在意識からよみがえる

例えば、学校の仲間と集まってしゃべっているときに、あなたがなにかを発言しました。するとまわりの人がシーンとなってしまい、変な空気になったことがあったとしましょう。「ああ、私が言ったことで空気を悪くしてしまった」という思い(=罪悪感)を抱きます。また、家で家族がワイワイしゃべっているときに「ねえ、なになに?」って会話に入ろうとしたら、「あんたは黙ってなさい。関係ないから」と拒絶されたとします。「ああ、私はこの会話に参加しちゃいけないんだ。迷惑なんだ」と罪悪感を覚えます。

一つひとつの出来事は、些細なことでもう思い出すことはできません。けれども、そうした小さな罪悪感が積み重なると「私がいると場が盛り下がる」とか「私は迷惑な存在なんだ」という思いこみが生まれるようになります。

それが先ほど例に挙げた飲み会のようなシーンで表面化したのです。もちろん、そういうふうに感じたのは今回が初めてかといえば、以前も時々あったかもしれません。その思いこみは、自分にとっては「当たり前」のものになってしまっているので、自覚することはできません。つまり、その盛り上がらなかった飲み会に参加したときに、「私がいると場が盛り下がる」という思いこみが潜在意識からよみがえってきて、「それは自分のせいだ」と感じてしまうのです。

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