昭和の時代に寄席に通った人ならば、二代目古今亭圓菊を覚えておられるだろう。寄席をホームグラウンドとし、三代目三遊亭圓歌や四代目三遊亭金馬などとともに、客席を沸かせた人気者だった。独特の抑揚のある、スイングするような語り口、体をよじらせて話す個性派だった。
また晩年の五代目古今亭志ん生の身の回りの世話をし、師匠を背負って楽屋入りしたという逸話を持つ苦労人だ。
「いろんな師匠を見たんですが、にじみ出る人情味というのが、うちの師匠にはあったんですよね。“斜めの圓菊”なんて言われて、ちょっと斜交(はすか)いになってしゃべってましたけれども。それは表向きで、演じてるんじゃなくて、腹の底から言っているような気がしたんです」
圓菊門下の10番目の弟子になった。芸名の「菊之丞」は細面で、役者のようだったから。「みんな『丞』の字が書けなくて。師匠が“こうかなあ”と書いたら、“師匠それ『蒸』ですよ。蒸発しちゃいますよって(笑)”」
最近の落語家は大学を卒業して弟子入りすることが多い。そういう弟子は、師匠が最初から大人扱いをして、適度な距離感を置くことが多いが、高卒で入門した菊之丞を師匠の圓菊は厳しくしつけた。
“落語家じゃなくて人間を育ててるんだ”
「まだ62、3歳だったと思いますが、いちばん脂が乗ってる頃ですから。怖かったですよ。小言魔でしたから、箸の上げ下ろしも小言でしたし。今日正しかったことが、明日はもう間違ってたりなんかしますので。こっぴどくやられました。
“おまえは何にもできないやつなんだから、一から仕込んでやる。おれは、落語家を育ててんじゃねえんだ。人間を育ててるんだ”ってね。それこそお茶の煎れ方から教わりましたからね」
実の親子に近い感覚だろう。圓菊は、菊之丞に「おまえには、志ん生の修業をさせてやる」とも言った。
「志ん生師匠の家の修業は厳しかったらしくて。とにかく、ずーっと師匠の世話をさせられて、自分の自由な時間なんかなかったそうです。
今、『いだてん』で、志ん生師匠のお宅のシーンが出てきます。セットはよく再現されていますが、実際はあんなにほのぼのはしてなかったようですね。とにかく、ドラマで小泉今日子さん演じるところのお姉さん(志ん生の長女)がものすごく厳しかったらしくて」
五代目古今亭志ん生には十代目金原亭馬生、三代目古今亭志ん朝という2人の実子がいた。ともに一世を風靡した大看板になったが、志ん生は2人の倅には直接噺をつける(教える)ことはなかった。
師匠の芸を口移しで受け継いだのは、ほとんど圓菊だけだった。そして圓菊は菊之丞にもみっちりと噺を仕込んだ。
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