古今亭菊之丞が「志ん生」に紡ぐ古典落語の魅力

まさに「上質な芝居」、いだてんの落語指導も

落語には「儲かる噺」「儲からない噺」というのがある。

「儲かる噺」とは、笑いが多く、起伏に飛んだストーリーで見せ場が多いような噺だ。

「愛宕山」にほんのり香る「上方の艶」

「愛宕山」は、「儲かる噺」の代表格だろう。一八という幇間(ほうかん:太鼓持ちのこと)が、春先の京都郊外の愛宕山を舞台に奇想天外な活躍をする噺だ。場面転換も多く、アクションも派手。終盤は一八が棒高跳びのセルゲイ・ブブカよろしく断崖絶壁から奇跡の帰還するまでを一気呵成に聞かせる。最後のオチも絶品だ。

もとは上方の噺だけに八代目桂文楽、三代目古今亭志ん朝から三代目桂米朝、二代目桂枝雀まで、東西の名人上手が得意にしてきた。古今亭菊之丞は当代の「愛宕山」の代表的な演じ手の1人だが、前半の、旦那が芸妓舞妓、幇間を連れて愛宕山に登るシーンでは「上方弁」を取り入れている。これは菊之丞独自の工夫だ。

関西出身の筆者は、東京落語にたまに出てくる「上方弁」が気になる。「金明竹」のように上方弁が様式化されている噺もあるが、総じて東京の落語家は「上方弁」を使うのに消極的だ。

かつてはこの「愛宕山」を東京に持ち込んだ三代目三遊亭圓馬(橋本の圓馬)や六代目三遊亭圓生のように東西の言葉を自在に使う名人もいたが、今の東京の落語家は、「愛宕山」や「はてなの茶碗(東京では「茶金」)」のように関西が舞台の落語でも江戸弁で通すことが多いし、上方弁を使うとしてもどこか不自然だ。

しかし、菊之丞の「愛宕山」では、大阪の幇間は江戸の一八と大阪弁でやりとりをする。また山に登る途上、摘み草をする舞妓が京言葉ではんなり受け応える。江戸と上方の対比が引き立つし、「京の春」の艶やかさがふわっと膨らんでいく。

「芸があれば東京の言葉で両方やったってわかると思うんですけど、ちょっとそこを変えてみましょうということで。正確な上方弁ではないかもしれませんが、源流は子どもの頃、漫才ブームの頃に聞いた大阪の漫才ですね。それが耳に残っていました」

若い頃、三代目古今亭志ん朝からこの噺で「悪いけど、絵が浮かばない」とダメ出しをされたことがある。志ん朝は所作など具体的な技術を伝授してくれたが、それもあって「絵づくり」のために一工夫したのだろう。

料理で言えば、季節の炊き合わせにそっと木の芽をあしらって「旬」を引き立たせるような気配りだ。菊之丞という落語家のセンスのよさが際立っている。

「儲からない噺」についても自身の考え方を話した菊之丞(撮影:尾形文繁)

菊之丞は、「儲からない噺」も手がける。「三味線栗毛(錦木検校)」は、幕末~明治の大名人三遊亭圓朝が講釈から移し替えたといわれる。部屋住みの大名家の次男坊と盲人の按摩錦木の交流を描いた噺。

「志ん生師匠も得意にしておられたのでぜひ、ということで柳家小満ん師匠にお稽古に行きました。『師匠、教えてください』『何を』『三味線栗毛』『うーん。儲かんない噺よ』って言われましたけどね」

噺の大部分は、大名家の次男坊と錦木の会話だ。淡々としたやり取りが続くが、菊之丞は2人を丁寧に描き分ける。

この噺の難しさは、部屋住みの次男坊が大名家の家督をついで殿様になったと知った錦木が、屋敷を訪ねる段にある。

にわかの幸運到来に錦木は取り乱す。なんとしても恩恵に与ろうとするが、ここで錦木を欲望むき出しに描くと、噺が品下がる。全体の景色が悪くなる。かと言って抑えすぎると、ストーリーの起伏がなくなってしまう。

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