そのとき結婚式の話になったのだが、どんな形で挙げるかで2人の意見が食い違っているような印象を受けた。
佳代子は、結婚式は盛大にやらずに、お互いの家族だけで挙げる。その後、折を見て、親しい友達を呼んだ会費制のパーティーをすればいいと思っていた。いっぽう康晴は、結婚式と披露宴は都内の結婚式場で会社の上司や同僚、友達、親族を招待して、大々的にやりたいと思っていたようだ。
康晴は私に言った。
「先日僕の昇進が決まったので、会社の手前や人間関係もあるし、結婚式と披露宴はキチンとやりたいんです」
その横で、佳代子がやや不満げな口調で言った。
「でも式は3カ月後だし、大きな会場も取れないと思うんですね。私の友達もそんなに急な話だと来れるかどうかもわからないし」
どんな結婚式を挙げるかでもめるのは、婚約中の2人にはよくあることだ。どのカップルもそこは話し合って、折り合いをつけている。佳代子や康晴も、うまく解決していくものだと思っていた。
ところが、そこから1カ月後、佳代子からLINEが来た。
「康晴さんから、『結婚はできない。婚約は解消しよう』と言われて、それに同意しました。またお見合いを再開したいです」
驚いた私は、「何があったの? まずは話を聞かせて」と、佳代子と面談をすることにした。
親には逆らえない息子
事務所にやってきた佳代子は、婚約破棄の心労からか、顔がやつれていた。私を顔を見るなり涙を浮かべ、ソファーに座るとバッグからハンカチを取り出して、目頭を押さえた。
そして、開口一番にこんなことを言った。
「私、最初から向こうのお義母さんに、気に入られていなかったみたいなんです」
沈んだ声で続けた。
「あちらのご両親にお会いするまでは、康晴さんは私の意見はちゃんと聞いてくれたし、どちらかといえば私の言い分を優先してくれていました。ところが、千葉のご実家での挨拶を済ませてからは、私の考えや意見は無視して自分の思い通りに事を進めるようになった。というか、それは康晴さんの考えではなく、ご両親の考えなんです。親には逆らえない人でした」
康晴の父は、大手金融機関で重役まで務めた出世株で、「僕は、父を尊敬している」というのが、康晴の口癖だった。母は、康晴が幼い頃から教育熱心で、彼を小学校から有名な進学塾に通わせていた。そんな親の元で育った康晴は、地元のトップレベルの進学校から国立大学へと進み、今の大手金融機関に勤めていた。
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