箱根の美術館がゴッホの「裏面」にこだわるワケ アクリル板を使った斬新すぎる名画の展示
今回の調査では、この付着した絵の具がゴッホのどの作品のものなのかを特定しようと試みた。実は、「草むら」がいつ描かれたのかについては説が分かれているのだが、「草むら」に重ねられていた作品がわかれば、制作時期の特定に向け、大きな手がかりになる。
「草むら」の制作時期については、画家の全作品を収録する「カタログ・レゾネ」では、南仏のアルルに居住していた時代(1888~1889年5月)に描かれた作品であるとされている。
しかし、最近、オランダのゴッホ美術館が所蔵する、これまでアルル時代に描かれたとされていた「2匹の蝶」という作品が、カンヴァス調査の結果、1890年春にサン=レミで描かれたと修正された。この「2匹の蝶」と「草むら」はテーマや画面構成で類似点が多い。
ゴッホはアルルでのゴーギャンとの共同生活が破綻し、耳切り事件を起こした後、サン=レミの精神療養院に収容された。2つの作品は、いずれもサン=レミの精神療養院の庭を描いたものである可能性がある。
岩﨑氏は以前から、スイスのヴィンタートゥール美術館にある「黄色い花の野」という作品こそが、「草むら」に重ねられていた作品なのではないかと見当をつけていた。そこで、田口氏がスイスに赴き、「黄色い花の野」の調査を行った。しかし、残念ながら「黄色い花の野」の表面には、カンヴァスを重ねたことによる絵の具の剥落は確認できず、花を表す黄色い絵の具の位置も、一部しか一致しなかったという。
結局、ヴィンタートゥール美術館の「黄色い花の野」は「草むら」に重ねられていた作品ではないという結論になった。
黄色い花を描いた未発見のゴッホの作品がどこかに眠っているのだろうか。それとも、すでに失われてしまった絵なのか、謎は残されたままだ。
「草むら」が貴重な作品である理由
次に岩﨑氏が注目してほしいというのが、カンヴァスを張り付けた木枠の裏側に書かれた文字だ。木枠の上部には、「1923 in Amsterdam」や「Frau van Gogh-Bongel」という名前などが読み取れる。一方、木枠の下部には「Elisabeth V.D. Schulenburg」という名前が書かれている。
これらの文字を総合すると、「1923年にアムステルダムでエリザベス・シューレンブルクは、ファン・ゴッホ=ボンゲル夫人(Frauはミセスなどの意味の敬称)からこの絵を買った」という意味になる。岩﨑氏によれば、この情報の中で重要なのは、売り手であるファン・ゴッホ=ボンゲルだという。
このファン・ゴッホ=ボンゲルという人物は、ゴッホの弟テオの未亡人のヨハンナ(通称:ヨー)のことだ。テオは兄の死の翌年の1891年に亡くなっており、その後はヨーがゴッホの絵を管理していた。
つまり、「この絵は、ゴッホの死後、30年以上にわたりヨーが保管していた可能性が高い。そして買い手にとっては、ゴッホの遺族から直接絵を購入したということが極めて重要だったために、木枠にこのような情報を書き込んだのだと思われる。さらに言えば、ヨーが保管していたということは、この絵がゴッホの真作であることを示す決め手の1つになる」(岩﨑氏)。
「草むら」の裏側には、もう1つ重要な情報が書かれている。それは、カンヴァスの上のほうに書かれている「Vincent」という文字だ。
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