箱根の美術館がゴッホの「裏面」にこだわるワケ アクリル板を使った斬新すぎる名画の展示

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「ゴッホがカンヴァスの裏側に署名するとは考えづらいために、今日ではこの文字は、後に誰かが書いたものだと考えられるようになっている。しかし、ある時期まではゴッホの直筆サインであると考えられていた。そのおかげで、この作品は裏打ちされることを免れてきた」(岩﨑氏)という。

裏打ちというのは、カンヴァスを補強する手法であり、印象派の絵の多くが、この手法で補強を受けているという。それ以前の、例えばルネサンス期の絵画は板などに描かれていることが多く、移動されることも少ないため、比較的損傷が少ない。しかし、印象派の時代になると絵が布(カンヴァス)に描かれ、また、画商が活躍しはじめた時期でもあり、持ち主を転々とする過程で損傷することが多くなった。

そこで、カンヴァスの裏に別のカンヴァスをワックスと熱で張り付ける方法で裏打ちが行われるようになった。

「裏打ちはワックスの影響によって、絵の具の色彩の鮮やかさを失う。おそらく、印象派の作品の多くは、描かれた当時は、今よりもずっと鮮やかな色彩を放っていたのではないか」(岩﨑氏)という。

では、裏打ちを免れた「草むら」はゴッホが描いた当時のままの色彩を保っているのだろうか。実は、必ずしもそうではないらしい。

今回の調査でカンヴァスの裏側に、赤や紫の絵の具が染み出ていることがわかった。また、普段は額に隠れているカンヴァスの側面を見ると、赤や紫の絵の具が残っているのが見て取れる。

「赤や紫の絵の具は、光に当たると退色しやすい。ゴッホは、草の影などを赤や紫で描いていたと思われ、描かれた当時は、もっと華やかな絵だったのではないか」(岩﨑氏)という。こうした部分も、今回の展覧会の見逃せないポイントだ。

オレンジ色の下地が意味することは?

そのほかの作品についても、少し見てみよう。「草むら」のすぐ近くに展示されている「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」(ポーラ美術館蔵)についても、今回調査が行われた。

(左)ゴッホ「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」、(右)「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」のオレンジの下地(写真:ポーラ美術館)

マイクロスコープ(顕微鏡)で拡大した写真を見ると、下地にオレンジ色の絵の具が塗られていることがわかる。下地を塗ってその上に絵を描く手法は決して珍しくはないが、下地にオレンジを用いるのはまれだという。

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