「幼稚園から物書き目指した」芥川賞作家の努力 アスリートのように執筆する上田岳弘の流儀

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まったく何もない状態から物語を創造するのではなく、今そこにある「現実」の「捉え方」を考えて小説にする。「事実」に対する「捉え方」を小説の肝に据えるという上田さん独自の創作スタイルは、芥川賞受賞作『ニムロッド』にも色濃く反映されている。

上田さんは『ニムロッド』でも、「現代」をある「捉え方」で活写し、小説化することに挑戦している。

「情報技術が発達し、みんなの知識が増えるという現象が起きたことにより、『現代の社会』が『神話の世界』に似てきていると私は感じていました。もう少し噛み砕いて言うと、これまで人間は『限定された視点で、限定された生活を歩んできた』ように思います。

ところが、TwitterやFacebook、あるいはインターネットそのものによって、ヒト1人が扱うことのできる情報量が爆発的に増加し、『世界全体を見渡せる視点で、世界全体のありようを味わえる』ようになり始めていると思いました。そこで、『現代』を『神話』の視点で捉えてみたいと考えたのです」

多くの人が知っている題材を用いる

「事実」に対する「捉え方」を小説のメインディッシュにする上田さんは、できる限り多くの人が知っているモチーフ(題材)を用いる。

「『ニムロッド』では、ビットコインの提唱者だといわれるサトシ・ナカモト、ダメな飛行機コレクション、その中でも『桜花(おうか)』という飛行機を考えた大田正一、そして、バベルの塔の3つをモチーフに選びました。

ビットコインは『存在しないもの』をみんなで『ある』と信じて価値をつくっているところ、ダメな飛行機コレクションは人間が完全を目指してダメな飛行機をつくり続けているところ、バベルの塔はバラバラだった世界がインターネットで1つになっていくところが、実際『現代』に起きていることであると同時に『神話』のようでもあると感じたのです」

誰もが知っているなじみのある題材を用いる(撮影:今井康一)

誰もが知っていてなじみのある題材を用い、今起きている「現実」の「味わい方(捉え方)」を提示することで、「芥川賞(純文学)だから読まない」「文学は自分に必要ない」と思っている人にも、新しい小説の楽しみ方を届けたかったと上田さんは言う。

今や類いまれなる活写力で、世の中に対してこれまでにない新しい「現実の捉え方」を提供する上田さんだが、早い段階からこのような筆力を持ち合わせていたのだろうか。

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