ダンスを仕事にした33歳「FISHBOY」の流儀

才能を開花させる人とさせない人の差とは

ダンスに初めて出会ったのは小学2年生だったそうです(撮影:今井康一)
本連載では、実際に数々の習慣化に成功し、結果につながる努力の仕方についてまとめた『ざんねんな努力』(共著)を上梓した川下和彦さんに、各分野で輝かしい実績を残しているフロントランナーたちから結果の出し方を引き出していただく。
第1回は「PERFECT HUMAN」が大ブレイクしたダンス&ボーカルグループのメンバーであり、ストリートダンサー、振付師として活躍するFISHBOY(フィッシュボーイ)さん流の努力論。そこには、ダンスの上達にとどまらない、夢をかなえるための極意があった。

ダンサーを志した原点

「na, ka, ta, nakata」というサビが繰り返された後、中田敦彦さん(オリエンタルラジオ)が首をかしげるようなポーズをとる「PERFECT HUMAN」の振り付けは、大人から子どもまで日本中を巻き込んでブームとなった。そのパフォーマンスの中核を担ったFISHBOY(中田敦彦さんの実弟)さんのダンサーとしてのルーツをたどると、小学生時代に行き着く。

「初めてダンスに出会ったのは、小学2年生のときでした。どこで習ったのかわかりませんが、なぜか私の父はムーンウォークができました(笑)。 その父が転勤族だったので、私が転校するときに新しい学校でいじめられないように、自衛策として父からムーンウォークを伝授してもらったのが始まりです」

この連載は今回が初回です

ムーンウォークでクラスの人気者になったFISHBOYさんだが、当時は自分がダンサーの道を歩むことになろうとは夢にも思っていなかった。そんな彼が本格的にダンスに関心を持ち始めたのは、中学生になってからだ。

「中学2年生のとき吉祥寺の商業施設でブレイクダンスをしている人がいて、かっこいいなと思いました。本で調べると、住んでいるところから自転車で40分くらいの場所にダンス教室があるとわかったので、早速習いに行くことにしたのです。ところが、ブレイクダンスは床を使って踊るので、体が痛くて思った以上にうまくいかず、すぐに辞めてしまいました。

それからしばらくして高校1年生になったとき、私が過去にダンスを習っていたことを知った俳優志望の友人から、役者になるためにはダンスのレッスンも受けなければならないので、一緒についてきてくれないかと誘われたのです。そこで、もう1人誘って3人で立ち踊りのレッスンを受けに行きました。すると、一緒に習った2人よりも自分の覚えが早かったので、これは向いているかもしれないと思ったのです」

FISHBOYさんも最初からダンスの達人だったわけではない。やってみたいと感じたことをいろいろ試しているうちに得意意識を持てることに出会い、もっとその力を伸ばしたいと思うようになっていったのだ。

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