48歳で課長になれなかった男の「以後の人生」

まさかの英会話スクール通い、そして……

不器用で目立たなくても、自分の信じるところを誠実に進もうとする人がいます(撮影:今井康一)
グローバルやAIといった言葉が飛び交い、年々、複雑になるビジネスの世界。働き手へのプレッシャーは年々高まるばかりです。一方で、そこでの主役は今も変わらず現場を支える「普通の人」。本連載では、そんな「普通の人」のキャリアや人生に光を当て、現代に働く人の「リアル」を浮かび上がらせていきます。

日系メーカーでメンターだった「おじさん」の物語

とくさんによる新連載、1回目です

はじめまして「とくさん」と申します。私は、日系メーカーと外資系IT企業2社で、営業からコンサルタント、経営管理まで幅広い仕事を経験してきました。さまざまな年代や国籍の人たちと仕事をしてきた中で、今でも忘れずに覚えているのは、華やかな場所で目立つ活躍をしていた人ではなく、不器用で目立たなくても、自分の信じるところを誠実に進もうとする人たちのことです。

この連載では、そんな人たちの人生の断面を切り取り、そこに託された思いや痕跡を描き出していければと思っています。初回は日系メーカーで私のメンターだった「おじさん」の物語です。


         

僕が新卒で入社したのは創業100年を超える老舗の日系メーカーで、配属は新規事業の海外営業部だった。そこでメンターとしてついたのが椎名さん(仮名)。メンターは、若手から中堅の社員が担当するのが普通だけれど、そのメーカーは日本企業のご多分にもれず40代以上の社員がとても多かった。なので、面倒見がよさそうな椎名さんが選ばれたのだろう。彼はそのとき42歳になっていたが、まだ「課長代理」だった。

椎名さんはドがつく真面目な人で、髪を七三にきっちり分けて、アイロンがビシっとかかった昭和なデザインのスーツを、真夏であっても毎日律儀に着て出社してくる人だった。仕事ぶりも本当に真面目で、毎日遅くまでこつこつと営業資料を作っていた。はっきりいって不器用で、ムダなところまで丁寧な感じだったけれど、それが長年培った彼のスタイルだった。
椎名さんとはよく一緒に外回りに出かけた。外回りの時って本音の話が出てくるもの。彼がいつも言っていたのは、こんなボヤキだった。

「僕はねえ、課長になりたいんだよね。なんとかなれないかなあ」

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