有料会員限定

自民党の歴史的圧勝で巨大与党時代が到来、新党「中道」はなぜ失速したのか、野党再編の行方は

✎ 1〜 ✎ 523 ✎ 524 ✎ 525 ✎ 526
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

有料会員限定記事の印刷ページの表示は、有料会員登録が必要です。

はこちら

はこちら

縮小
3月6日、国会で会見する中道の小川淳也代表。議席を大幅に減らす中、野党第一党の存在意義を示せるか(写真:共同)

自民党は2月8日の衆議院総選挙で316議席を得た。1955年の結党後、22回の衆院選で2009年の民主党(鳩山由紀夫代表)の309、86年の自民(中曽根康弘首相)の300、05年の自民(小泉純一郎首相)の296を抜いて第1位だ。

勝因は、日本初の女性首相の登場、高市早苗首相の保守・右寄り路線に対する支持急増、通常国会冒頭解散という不意打ち作戦、大規模なSNS選挙戦略などだが、新党・中道改革連合の大敗北の裏返しという側面も見逃せない。

ジリ貧状態からの脱却目指した公明党

いま永田町で何が起きているのか? 「政界の争点」を活写する週刊東洋経済のリレー連載。【金曜日更新】

今回の与野党の構図は、昨年10月の公明党の連立離脱が出発点だった。衆参選挙の比例代表選挙での総得票の600万票割れなど、ジリ貧状態からの脱却を狙い、野党への転換を選択した。

連立離脱後、公明は当初、政策や路線が近い国民民主党との連携に傾いた。与党時代から両党は政治資金監視のための第三者委員会を設ける「受け手規制」法案を共同で用意するなど、歩調を合わせてきた。野党に転じた後、連携を協議したが、実らなかった。

国民民主は他方で高市政権との提携を模索した。公明はその動きを横目に、11月、立憲民主党と水面下で連携交渉を始めた。

立民の狙いは野党結集だった。昨年5月、当時の野田佳彦代表を取材した。「あくまでも政権交代。自民党を倒してお金の使い方を変える。非自民で政権を取りに行くのが基本」と唱えた。次期衆院選を決戦と見据え、結集の機会を探ってきたのは間違いない。

次ページ結集構想はなぜ誤算となったのか
関連記事
トピックボードAD