甲子園優勝監督のシンプルでしつこい指導法 前橋育英・荒井直樹監督のリーダーシップ(上)

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「何もできないヤツは夜逃げしろ」

日大藤沢高校時代、荒井は甲子園とは無縁だった。卒業後に進んだいすゞ自動車では投手として芽が出ず、入社4年目に外野手転向を命じられる。しかし、ほとんど試合に出ることができず、選手層の薄いサードにコンバートされた。実戦の機会は増えた一方、打撃に課題があり、「毎年クビ候補だった」。

そんな折、後に師匠と崇める人物と出会う。元東映(現・日本ハム)の故・二宮忠士だ。臨時コーチとしてやって来た二宮は、悩む荒井に言った。

「ワンバウンドとデッドボール以外は全部振れ。地球がひっくり返るくらい、全部振れ」

荒井の迷いを見抜き、二宮は心を軽くするような言葉をかけた。以降、荒井は打撃を上達させていく。社会人野球を13年間プレーし、日本一をかけた都市対抗野球には7度出場した。

「二宮さんにはメンタル、技術といろいろ教えてもらいました。特に印象的だったのが、『打てなかったら守れ。守れなかったら走れ。走れなかったら声を出せ。何もできないヤツは夜逃げしろ』。わかりやすいでしょ(笑)。『過去でモノを言うな。過去でメシを食えるのは横綱と総理大臣だけ』ともよく言っていた。すごい人で、厳しい人でもあった。二宮さんとの出会いで、僕は変わることができた」

荒井があまり怒らない理由

いい出会いがあれば、人は変わることができる。荒井は現役引退後、日大藤沢で3年間監督を務めた後、99年前橋育英のコーチに就任。02年から同校の監督を務めている。

二宮との出会いで人生が変わった荒井は、選手たちによく話すことがある。

「『やれ』でやるのと、『やる』でやるのは違う。『やれ』と言われても、選手はやると思う。でも自分で『やる』と思ってやるのとは、同じことをやるのでも中身が違う。そういったことを積み重ねていくと、大きな違いになる。それが社会に出たとき、大事なことになると思う。僕らが携わるのは3年間だけで、その先のほうが圧倒的に長い。ここだけで通用する人間にはしたくない。野球で評価されるのは、野球をしているときだけ。でも、『一生懸命努力することは、一生使える技だぞ』と話している」

荒井の指導者として秀でる部分は、線の引き方だ。例えば、どんな場面で怒り、どんな状況なら目をつむるのか。前橋育英を率いて13年目になるが、選手に怒ることが少ないため、「荒井は甘い」「勝つ気がないのか」と周囲に陰口をたたかれたこともある。

しかし、そういった者たちは物事の一面しか見ていない。三振やエラーについて、果たして指導者が怒る意味はあるのか。荒井は「プロ野球で何億円ももらっている選手でも、エラーをするから」と、技術に関しては怒らないと宣言している。

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