「髪をむしるほど過酷」な中学受験の壮絶結末 家庭教師1本に絞った母子が歩んだ「茨の道」

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こうして、普段は日能研に通いつつも、夏期講習についてはこの家庭教師が開く講座に参加することを決めた。講座と呼ばれる教室では、他学年の生徒が机を並べて勉強していた。面倒見のいい6年生の女の子たちにもかわいがられていたという智樹君。日能研同様にここでの居心地も悪くない様子だった。だが、高圧的な指導は集団指導でも続いていた。

通い始めて数日、智樹くんの様子が変わった。夜な夜なうなされるようになったという。「う〜」とうなされて起きる日々。「怖い……」息子の口からついにこの講師に対しての本音が漏れた瞬間だった。

いつしか、冷静に判断する力を失っていた

だが、「やめる」とは言わない。怖い。だけれども成績は上がっている。親子ともに受験という魔物に取り憑かれたかのごとく、成績が上がるということだけにしか頭が働かなくなっていた。

愛さんが語る当時の様子は、まるでスポーツ指導における指導者からのパワハラを思わせた。一連のパワハラ騒動の中で語られた「ストックホルム症候群」という言葉について、記憶に新しい人も多いだろう。

怖い。でも、このコーチについていけば必ず力がつく。全国大会に出られる。高圧的な言動におびえる気持ちがある一方で、それは「自分のための指導」だと思い込んでしまう状態を生み出していく。そして、心的外傷後ストレス障害を引き起こす。

高圧的な指導を繰り返し受けていた智樹くんはまさに、この状態に陥っていたのかもしれない。ジリジリと成績が上がる中、中学受験という茨の道を切り抜けさせてくれるのは、「この先生しかいない」。いつしか、親も子も、冷静に判断する力を失っていた。

そして、驚きの決断をしてしまう。6年生の夏、3年生から通い続けた日能研をやめ、この家庭教師が開いている塾を主軸に、受験体制を変更することを決めたのだ。決め手となったのは日能研のハードなスケジュールだったと母親の愛さんは振り返る。

「成績の関係で通う校舎も変わることになり、加えて日曜日の特訓も始まって、復習の時間が取れなくなりました。成績も下がり始めて、この状態で志望校を目指して走り続けるのは難しい気がしてしまって、それならば、理系は家庭教師の先生が開く寺子屋のような所にお世話になり、他の教科は教科ごとに講座が取れる市進にと思ったんです」

「市進」とは、首都圏を中心に展開する市進教育グループのこと。日能研を含む多くの中学受験塾が算数と国語の2教科セットや4教科の授業をパッケージ化して売り出している中、市進では必要な科目だけを取るという選択ができたのだ。

こうして迎えた勝負の夏、“高圧家庭教師”が開く夏期講習では、怒涛のスケジュールが組まれた。朝9時半から夜10時まで、ほぼ毎日を教室で過ごすスケジュール。7月21日から8月31日までの間、休みはたったの12日、料金は35万円を超えていた。

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