中学受験で第1志望を蹴った少女の力強い選択 苦しいサピックス時代、母の入院を経て…

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小1からの通塾、転塾、母親の病気を経て成長した娘。その受験生活を追います(写真:筆者撮影)
大都市を中心に中学受験をする子どもの数は年々増加、2019年の入試では首都圏で公立、私立合わせると約5万人が受験をしたといわれる。勝者の栄光が讃えられるが、難関と言われる学校に入る子どもはごくわずかであり、全落ちを経験する生徒も少なくない。
受験の成功とはいったい何なのだろうか。親子の間で気持ちの行き違いが起これば、まだ蕾の状態の子どもの心を無残に散らしてしまうこともある。例えば、親が希望する学校と、子が希望する学校が違う場合などはどちらかが折れなければならない。今回は6年間にわたる塾通いの紆余曲折のすえ、子ども本人の希望を優先し、第一志望を蹴って第二志望の学校への入学を決めた親子に話を聞いた。

小1からサピックス通いを開始

向かった先は神奈川県鎌倉市。神奈川は東京と同様に、受験熱が高いことで知られる。都内難関校を目指す家庭も少なくないが、近隣には逗子開成(男子校)をはじめとする伝統校も存在し、地元を愛する傾向が強い。

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首都圏模試センターが公表した神奈川県の2019年入試における私立中学受験生数予想を見ると、1万3千人を超える子どもが受験に挑戦している。そんな神奈川、鎌倉で暮らす高野瑞穂ちゃん(中2、仮名)は幼い頃から中学受験を目指してきた。

祖母も母も私立の女子校出身。とくに、小学校からカトリック系の女子校で育ったという母親の純さんの思いは強く、「娘を生んだときから私立への進学を考えていた」という。「自分が私立出身で、のびのびと育った記憶があるのと、公立の先生はこう言ってはなんですが、あたりはずれがある気がして、受験を考えました」

選んだ塾は中学受験大手のサピックス。自宅の近くに校舎はなく、電車で通うことに。人気の高い塾だけに、途中から厳しい入塾テストに挑ませるよりはと、1年生からの通塾を決めた。

母親の純さん(仮名)は総合病院に勤務する看護師だ。夜勤もあり、子育てとの両立には苦労をしていた。だが、それでもわが子に最良の教育環境を与えたいと、産んだときからの思いを諦める気持ちはなかった。幸い、瑞穂ちゃんが小学校入学のタイミングで下の子を出産、産休を取れたため、入塾時は目をかけて見てあげることができたと話す。本人も「楽しい」と喜んで通う日々、順調な滑り出しだったのだが、純さんが仕事に戻ると状況が少し変わりはじめる。

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