中学受験で第1志望を蹴った少女の力強い選択 苦しいサピックス時代、母の入院を経て…

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仕方なく、そのままサピに通い続けていると、5年生になる2月、前出の塾から連絡があり、入塾試験を受けることができた。

入塾すると、サピとはやはりさまざまな面で異なっていた。中学受験部の講師は5、6人ほどいたが、少人数を徹底している分、「どの先生もすべての生徒の学習状況、希望する進路などを把握しているように見えました。サピックスのときには感じなかった安心感がありました」(純さん)

地元密着とうたうだけあって、通う生徒も8割が瑞穂ちゃんと同じ小学校の子どもたち。和気あいあいとした雰囲気が、瑞穂ちゃんの疲れを癒やしていく。「塾はお嬢さんにとって居場所のようです」。面談の際には担当講師からこんな言葉を言われるほどこの塾になじんでいった。

地元の第一志望校以外の学校見学へ行くと…

無事塾にもなじみ、6年生になると、受験先選びが本格化した。先述のとおり、鎌倉周辺には伝統校と呼ばれる学校があり、それらをこよなく愛する地元民も少なくない。瑞穂ちゃん親子も例外ではなく、熱望する地元の女子校以外は見学してこなかったのだ。

だが、先生からの勧めもあり、熱望する女子校以外に、併願校を見学することにした。そこは、志望校よりも偏差値的には10以上も下の大学付属の学校。文化祭にまだ幼い弟と妹を連れて参加すると、各教室ではさまざまな催しや展示が行われていた。

生徒が企画、運営している「ペットボトル・ボーリング」の部屋を訪れたときのこと。下の妹はピンを1つも倒せずに今にも泣きそうな顔に。すると側で見ていた生徒がすかさず人間ボールとなってピンめがけて滑り込んだ。「ナイスフォロー」周りの生徒が明るく声をかけると場の雰囲気が一気に変わり、妹の顔が明るく晴れた。

「”ゼロだったね、残念。でもお菓子はあげるね”くらいのフォローなら考えつくと思うんです。でも、彼らはきっと娘の顔がなぜ曇ったのかを察したんだと思います。機転のよさに驚きました。大学の付属校だし、ザJKという感じのチャラチャラしたイメージを持っていたのですが、まったく違いました。偏差値っていったいなんなのだろうなと考えさせられました。学校に足を運んでみないと見えないことってあるなぁと」(純さん)

瑞穂ちゃんもこの学校がとても気に入った様子だった。そしてなにより、付属の大学には幼い頃からの夢である獣医学部があった。

しかし、小さい頃から足繁く通っていた第1志望校への入学を親が望んでいることはわかっていた。顔色をうかがうように「私、この学校もいいなぁ」と呟くものの、第1志望にしたいと話すことは1度もなかった。

ほぼ毎日のように塾に通う苦しい夏期講習も乗り越えて、外部模試での成績もまずまずをキープ。だが、11月、家族に“事件”が起きた。勤務中に母親が突然倒れたのだ。

診断された病名は橋本病。病状は思いのほか深刻で、医師から告げられたのは3週間の入院だった。

祖父母宅を頼れる状態になかったため、瑞穂ちゃんに家事の負担が降りかかることになったという。父親は朝の5時には出勤しなければならず、下の兄弟の保育園への送迎は地域のファミリーサポートを利用。だが、登園までの面倒を見るのは、瑞穂ちゃんの担当となったのだ。

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