きれいにファイリングされた資料はその子にとってはまさに宝。サピックスでは小テストが頻繁にあるが、間違えた単元があれば、その単元のプリントをすぐさま見返すことができる。ファイリングができている家庭とできていない家庭では、おのずと力の差が生まれ始める。
そのうちに瑞穂ちゃんは宿題を終わらせていないのに、親の顔色をうかがいながら「やってるよ」と言うように。純さんももちろんそのことには気づいていたが、宿題を見てあげるゆとりはない。サピックスでずるずるとこの状態を続けていていいものか。共働きの状態で、親としてできることはなんなのか……迷いの中、受験についての本をむさぼるように読んだ。
「サピの場合、上位クラス以外はお客様という話も見聞きするようになり、このままではよくないと思いました」。
成績は上がらず、宿題も終わらない。本人のイライラも募る。「宿題やったの?」「やってるって言ってるでしょ!」「次のテストはできそう?」……やさしく話しかけても娘の返事はとげとげしい。
仕事で疲れて帰ってきて見る娘のイライラは、母親としては堪える。「そんなふうならば受験をやめる!?」。瑞穂ちゃんがイラつくたびに母親の純さんはそう切り出すが、「次こそ頑張る!」と言うばかり。
言葉とは裏腹に、娘の顔は曇っていく。ある日、「塾は楽しめてる?」と聞き方を変えてさぐりを入れると、娘は素直な気持ちを話してくれた。
「楽しいけれど、正直しんどい……」。
親子は4年生の秋を迎えていた。そんな折、偶然見た友人のフェイスブックに地元密着で開講している塾の情報を目にした。
途中入塾の難しさ
地元で30年以上開講しているというその塾は、近年は教育雑誌などでも塾長の教育観が取り上げられ、その名が知られるようになっていた。1クラス10人ほどの少人数教育にこだわりのある塾で、希望する進路に応じてきめ細かなフォローをしてくれることでも有名だった。この塾は教科専任制をとっており、講師が入れ替わることも少ない。
上位クラスと同じ難関校向けの難問を与えられるサピで苦しみ続けるより、こちらの塾の方が、今の娘には向いている。そう結論づけた母親は、さっそくこの塾の問い合わせメールに娘の様子と転塾を考えている旨を書き込んで送信。すぐに返事は返ってきた。だが、その答えは、意表を突くものだった。
「今お預かりしている生徒さんを伸ばしたいので、今のところ、新規のお子さまはお断りしています。お待ちいただけるのであれば、空きが出たときにご案内させていただきます」
ビジネスだからいつでも入塾大歓迎、とは限らないのだ。2月から開講し、夏期講習も終え、2学期が始まってすでに1カ月。10月といえば、クラスのムードはほぼ固まっている。新しい子の参加は落ち着いた雰囲気を壊す可能性もあるため、年度途中の参加は避けたいという塾側の思いもあったのだろう。
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