《MRI環境講座》第7回 オバマ政権で米国はグリーンな国になるか?

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■エネルギー・温暖化分野を「成長市場」として注視

 ではオバマ次期政権で、米国は本当に“グリーンな”国へと転換するのか。リーダーが変わったからといって、国民の生活に長く根づいた車社会や大量消費文化はそう簡単には変わらず、厳しい排出量規制を導入することは容易ではないと見られる。

 以下ではオバマ氏の掲げる政策の柱についてその実現可能性を検討してみたい。

(1)野心的な目標
 オバマ氏は、ブッシュ政権が強く拒否していた温暖化対策における排出総量規制の考え方を支持している。

 まず、中長期目標として、排出量を2020年に1990年レベル、2050年に1990年比80%削減の達成を目指すとし、そのための手段として企業に対して義務的なキャップ&トレード型の排出量取引制度の導入を行うとしている。

 米国の排出量は2006年時点で1990年比14.7%増加しており、2020年に1990年レベルに抑制するという目標は現実的に達成しうるレベルであるといえる。なお、京都議定書における米国の目標(2012年)は1990年比7%減であり、これと比較すると後退している。一方、G8サミット前にブッシュ大統領が示した目標は、「2025年までに排出量の増加を止める(ピークアウトさせる)」で、ブッシュ政権よりは大幅な目標の積み増しといえる(ちなみに、日本の2007年度排出量は1990年度比8.7%増で、京都議定書目標は90年度比6%減)。

 ただ、EUでは、先日のEU首脳会議で、2020年に90年比20%減をEU目標とすることを合意しており、EU目標と比較すると、オバマ氏の目標にはまだ開きがあることが分かる。

(2)国際協調路線への転換
 オバマ氏はエネルギー・温暖化分野において、ブッシュ政権の単独主義的アプローチから国際協調路線へ転換し、国際交渉における米国のリーダーシップを回復するとしている。

 オバマ次期政権が、現ブッシュ政権が離脱した京都議定書の次期枠組み交渉に復帰することはほぼ間違いない。しかし一方で、2013年以降の枠組みでは、中国やインド、ブラジルといった新興国の参加が不可欠との認識をしており、現状のように新興国がコミットメントを拒否し続けたときに、どこまで削減目標に積極的なスタンスをとり続けられるのかは分からない。特に、新興国に対する貿易赤字が増えている中で、議会がオバマ次期政権に新興国に対する規制強化を求めてくる可能性もあり、オバマ氏は国際交渉と国内政治のバランスを踏まえた対応を迫られることになるだろう。

(3)義務的排出量取引制度の導入
 次に、オバマ氏が温暖化対策の目玉としているキャップ&トレード型排出量取引制度の導入可能性については、公約の一つとしても掲げており、導入はほぼ間違いないと見られる。

 排出量取引制度は、現在EUが先行して実施しているが、実は元々は米国で大気汚染物質の規制のために導入されたのが始まりであり、米国は環境規制に市場メカニズムを取り込むことに対しては知見を既に積んでいる。

 また、州レベルでは、例えば北東部やカリフォルニア州を中心とした中西部など、多くの州で既に排出量取引制度が導入または検討されており、対象者の特定や、目標設定、排出量の算定・検証、排出権の管理など、制度のインフラに関する知見は国内にはかなり蓄積されており、それらを活かせば、連邦レベルで導入する下準備は既にできていると言っていい。

 議会でも、環境問題に積極的なカリフォルニア州選出の民主党リベラル派議員が環境分野の主要なポストに就いており、ホワイトハウスと議会が一緒になり排出量取引制度の導入を促進させると見られる。

(4)グリーン産業・雇用政策
 オバマ氏の政策の特徴として、民間活力を生かした産業の活性化と雇用創出がある。特に、エネルギー・温暖化分野は、IT産業に次ぐ新たな成長産業分野と位置づけており、政府による積極的な公共投資を行うとしている。例えば現在、示されている主な政策としては、以下のものが挙げられるが、その他にも再生可能エネルギーや省エネ分野に関する数多くの具体的な提案がなされている。

・民間部門のクリーンエネルギー開発促進のために、今後10年間で合計1500億ドルを投資し、500万人の新規雇用の創出を促す
・2012年までに電力に占める再生可能エネルギー比率を10%、2025年までに25%とする
・2015年までにプラグインハイブリッドカーを国内で開発し、100万台普及させる
d ・商業レベルでのクリーンコール技術分野(石炭火力発電所における炭素回収・貯留技術の導入)における利用や投資を促進させる

 現在の経済状況下では、オバマ次期政権が公共投資を大幅に拡大することは確実と見られ、その際の重点分野の一つがエネルギー・温暖化分野となることは、ほぼ間違いない。

 現ブッシュ政権と比べ、エネルギー・温暖化分野に対して格段に積極的な姿勢を見せているオバマ政権。それどころか、ここで看過できないのは、彼らが温暖化対策を単に規制遵守の範囲で捉えるのではなく、新たな成長分野として注視している様子がうかがえることだ。政府が戦略的に関与し、投資を進めていこうとしているのである。

 米国が本気でグリーン化を目指したとき、戦略思考に欠ける日本の政策が果たして追随可能なものなのだろうか。優れた技術を持つ日本企業が、政策の欠如によって足を引っ張られることだけは避けなければならない。
《プロフィール》
株式会社三菱総合研究所
環境フロンティア事業推進グループ/環境・エネルギー研究本部
環境・エネルギー研究本部は、環境・エネルギーに係わる様々な専門分野を持つ約100名の研究員により構成。その前身の地球環境研究本部は、リオ・サミットの前年である1991年の創設以来、国などにおける環境関連政策、制度設計の支援、関与など中心とし幅広い実績を持つ。
また、企業における環境問題への取組の浸透、拡大等が進む中、先進的な環境関連の事業、ビジネスを支援する機能として、環境フロンティア事業推進グループが2007年10月に設立。電話番号は、03-3277-0848

真野秀太 研究員
環境・エネルギー研究本部地球温暖化対策研究グループ
排出量取引制度や算定・報告・公表制度等の国の制度設計の業務や、京都メカニズムに基づくプロジェクト発掘・形成に携わる一方、企業への温暖化戦略のコンサルティング業務を行う。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年12月18日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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