年間100万円、メイドさんを雇って学んだこと 高いか安いか、主婦の仕事に比べたら…?

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こうした問題をどうにかするマネジメント力も器量も残念ながらこちらにはなかった。年間100万円をかけてのフルタイムのメイドさんを雇っているわりには仕事時間の捻出につながらない――。話し合いをし、結局円満にお別れをすることになった。

メイド経験が教えてくれたこと

「相手を尊重することと、ルールをきちんと決めて守ってもらうことは違う」というのは個人的な反省だが、いずれにせよ、家事は毎日依頼をするには結構なマイクロマネジメントが必要になる。それには向き不向きがある、というのが実感だ。

わが家はマイナートラブルで済んだが、金品を盗まれた、雇用主のプライバシーを近所に暴露された、うそをついて帰国してしまったなどのトラブルも頻繁に耳にする。何人もメイドを雇ってようやく相性のいい相手に出会ったという話も聞けば、シンガポール人夫妻でフルタイム共働きをしていても学童などを活用してメイドを雇わない、あるいは子育てはあくまでも親の役割でメイドには家事のみをお願いする、という家庭もある。

1年間メイドさんを雇って、やめることになったわけだが、気づかせてもらったなと思うこともいくつかある。

1つは、やはり家事は有償であり、誰かの役割として存在するれっきとした仕事だということ。わが家はメイドさんがいなくなることを機に、それでも家庭が回るのか話し合い、夫も自分が担う家事が増えることに同意をした。

今はシンガポール人の方にパートで掃除などを週1でお願いすることにし、それに月2万円程度をかけているが、月8万円-2万円の6万円がかからなくなった。結局日常的な家事の大半をやることになったのは私だが、その労働は私の頭の中では月6万円分。

「主婦の労働はいくらか?」という議論は半世紀以上前からされており、大ヒットドラマとなった「逃げ恥」とその原作の漫画でも議論が再燃したことが記憶に新しい。家事に割く時間に私が稼げる機会費用から換算すればまた違った計算になるが、フリーの物書きとして1日数時間が収入に直結するわけではなく、むしろ「外注したらいくらか、それを自分でやることで節約している」という発想で自分の月収に対する自己評価を6万円上乗せしてイメージするようになった。

シンガポールでメイドさんを雇うことを考えれば、専業主婦として家事・育児を担っている方々は少なくとも年間100万円分以上の仕事をしていると言えるのではないか。

子どもたちも、メイドさんがいると放っぽりだしがちだった食器や洗濯ものなどを自分で片づけるようになり、家族の家事のお手伝いをしてくれたときには30セントのお小遣いをあげるようにした。メイドさんという働き方に一度助けられ、それに対価を支払うという経験をしたことにより、わが家で家事は有償労働に昇格したわけだ。

もう1つは、家事というのは人によってやり方が異なり、「言わなくてもわかってよ」というレベルの「やってほしいこと」も山のようにあるということ。これまで夫に対して「どうしてわかってくれないんだろう」と感じていたことは、メイドさんが来ることによって「逐一言わないと基本的には人には伝わらない」ということもわかった。

取材した家庭の中には、メイドを5年以上雇ってやめて「家族のきずなが強まった」「子どものしつけにちゃんと向き合うようになった」と、気づきを得たというケースもあった。家事を一度外に切り出してみることで、客観視でき、学ぶことは多い。

さて、日本でのメイド活用についてだが、そもそも住居のつくりや法制度上からも、住み込みはなかなかにハードルが高い。ただ住み込みでなくても、昨今は安価で多様な選択肢の中から時間単位などで家事代行のサービスを選べるようになってきている。家事代行は住み込みによるお互いにとってのストレスがなく、サービスを利用できる点でメリットも大きい。

もちろんワンオペ育児をしていれば、毎日少しずつ、朝の支度、ちょっとした洗い物、夜の寝る前の数時間のバタバタを誰かに手伝ってほしい!と悲鳴をあげたくもなる。しかし、とにかく手が欲しい!と思う共働き家庭の叫びも、1人何役もこなす専業主婦も、まずは、夫婦の両方が長時間労働をしなくてすむ社会であれば、つかむべき「手」はまずは家庭内にあるはずだ。

国や都市によっては公的に預ける場所があまりになかったり「家庭で育てる」ことを重視する言説が広まっているゆえに、メイド文化がやむをえず広まったというケースもある(参照:Shellee Colen, 1995‘“Like a Mother to Them”:Stratified Reproduction and West Indian Childcare Workers and Employers in New York’)。もちろん良好な関係を築き、メイドさんと支え合っている形もシンガポールではよく見るのだが、本来的には家事・育児で悲鳴を上げなくても済むようにするには、社会全体で子育てしていく考え方がもっと広まることも重要だろう。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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