「狂ったアメリカ」は無限に世界を振り回す 「トランプ現象が腑に落ちる」500年の建国史
本書に出てくる「『みんな子ども』症候群」という現象も、保守・リベラル関係なく、アメリカ人の大人をむしばんでいる。いくつになっても、アクションヒーローのビデオゲームにハマり、リアルなテロ対策を体験するためのファンタジーキャンプに参加し、映画のキャラクターのように見えるための美容整形を繰り返す。
マイケル・ジャクソンが2009年6月に亡くなった際、ロサンゼルスの自宅に取材に行った。門の前に行くと、巨大なクリスマスリースが2綸かかっている。警備員に聞くと、「マイケルが、1年中クリスマスの気分でいたいから、外さないようにと言っていたんだ」という。マイケルは、子どものための遊園地ネバーランドも建設したが、本書は彼が、「みんな子ども」症候群の悲劇的で極端な例としている。
「他人がどう思おうと、自分の好きなことをしろ」「自分だけの現実を見つけよう」「現実は相対的なものだ」というのは、前向きな思想のように聞こえる。そうした信念が、シリコンバレーの数多くのベンチャーを生み出し、創業者らが億万長者になった原動力になってきたのも事実だろう。
しかし、それが、1日に5回以上のウソやミスリーディングな情報を流す大統領を生むという思想でもあった。トランプという人物を演じている白人の男性が、多くのアメリカ人が信じたいと思っていた「自分だけの現実」を見事に示してくれた。
メキシコとの国境に壁を建設し、犯罪や悪病をもたらす移民を蹴散らしてくれる。銃を持たせてくれて、身近にいる悪魔、つまり移民やテロリストからアメリカを守らせてくれる。事実ではないとメディアが指摘しても、彼の側近が「もう1つの事実」がある、と保証してくれる。
トランピストたちはオバマ前大統領政権下で、人種とジェンダーの平等をある程度受け入れ、社会福祉や規制、大きな政府も甘受した。誰もが平等ではないのは当然と信じていたのに、国民皆保険といえる医療制度改革(オバマケア)の成立さえ許してしまった。その怒りは、計り知れなかった。
保守・リベラルにかかわらず、理性を保っていた主流派は、エスタブリッシュメントとして、トランプ氏とその支持者に攻撃され、敗北した。少数派の右派が今度は自分の番だと思うようになった。
「トランプ氏は、移民を犯罪者扱いしてもいいし、女性を蔑視し、セクハラしてもいい。何の問題もない。大統領はなんでもできる」
2016年に取材したトランピストの女性らが、こう言っていた。彼らは、本当にそう信じている。
アメリカは「ファンタジーランド」であり続ける
2016年11月、大統領選挙投開票日の直前、ピッツァゲート事件が持ち上がった。極右系のサイトがこぞって飛びついたスキャンダル「もどき」で、「ビルとヒラリー・クリントン夫妻は、チャイルド・ポルノのパーティーの常連」「そこでの料理には、母乳や血液など人間からのありとあらゆる分泌物が使われている」「会場となったピッツァレストランには、人身売買で連れてこられた児童が閉じ込められている」という内容だ。
選挙が終わってから、このでっち上げを信じた男性が、銃を持ってレストランに行き、発砲した。彼は、閉じ込められている児童を助け出そうとしたのだ。児童はどこにもいなかった。ケガ人は出なかったが、児童を見つけられず、フェイクニュースだったことに気がついて驚愕した男性は逮捕された。
漫画のような話だが、『ファンタジーランド』を読んだ今では、こうした事件が起きたのも納得できる。
ファンタジーランドは、「不思議の国のアリス」ではおとぎの国で、ウサギの穴の先にあるという。アメリカは、ファンタジーランドであり続けることをおそらくやめられない。むしろ、それは広がっていく可能性が高い。日本も世界も、そのアメリカと付き合っていかなくてはならない。
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