理由が必要な場合、理不尽がまかり通る場合 チャルディーニの名著に思う理性と感情

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部下と上司が、それぞれ意見を譲らないとしよう。上司には、理由を示して意見を交わす選択と、理由を言わず結論を押し付ける選択がある。理由を示す場合は、心理学的地位を下げて、部下と同じ土俵で意見を戦わすことになる。これに対し、理由を言わない場合は、心理学的に高いポジションをとることになり、地位や権限を見せつける効果がある。

さらに、理由や根拠を示さないことで、反論の手がかりを与えないメリットもある。反論は通常、相手の人物を避け、論拠に向けられる。ところが論拠が示されない場合は、それができない。すると相手への反論は、必然的に人物に向かわざるをえないが、上司にこれを行うのは危険である。その結果、「オレは、わかったうえで、あえてこう言っているんだ」といった主張には反論ができず、まかり通ってしまう。理を尽くして自ら心理学的地位を下げるより、むしろ強いメッセージとなる。

さて、理不尽がまかり通る組織は、上にゴマをすり下に威張り散らすヒラメ人間が量産され、具合がよくない。しかし、これを撲滅できるかと言われれば、なかなか難しい。

傲岸に振る舞うことでボスらしく見せる

1対1の交渉を上位者側から見ると、理由を言わないことには上述の複数のメリットがある一方、理由を言うことのメリットは下位者との信頼強化にほぼ限られる。このため、信頼を重視する組織文化がよほど強くないかぎり、問答無用の指示を出す上司は一定比率で必ず発生する。

上位者が威張って何が悪い、という原理は、サル山をはじめ自然界の至る所に見られる。チンパンジーがフーティング(仲間の確認やオスの地位表明のため、高くリズミカルな大きな吠え声を出すこと)をし、ゴリラがドラミング(胸をたたく行為)をするのと同じように、人間のボスもさまざまな示威行動をとる。人間の群れの中では、理由を述べることは、下位の者がとるべき謙虚な行動で、ボスにふさわしくない。となると、理由など言わないことで、自らの心理学的地位を高める者が生じるのは、時代を超えた必然といえる。

上司に野太い声で「なに? 生意気な!」と言われてすくみ上がる平社員と、毛を逆立てて「ウゥー、ウフォ、ウフォオ!」とフーティングするアルファオスの前から退散する若いチンパンジーの心理は、相同(共通の祖先に由来すること)である。どちらのケースも、ボスは目下の者を従わせる本能行動を、目下のほうはボスに逆らって危害を受けないための本能行動を発動している。

人間は動物であるから、長い進化の歴史で培われた本能を持っている。蜂の見事な巣作りや、何万キロの旅を経て生まれた河に戻る鮭の産卵、獲物を麻痺させ腐らせずに子の餌にするジガバチ、傷ついたふりをして敵をおびき寄せ雛から遠ざける鳥などを見れば、人間ほど成功した生物が、これを上回る驚嘆すべき本能をもっていないほうが不思議である。当然ながら、人間においても本能は優れて適応的である。

さて、高い知能を持つ動物を並べると、類人猿以外も、イルカ・クジラ類、象、カラスなど、社会性の高いものが多い。これらの動物は、社会生活に適応するため、本能の高度化のみならず、経験学習を加える機能も高まり、高度な知性を進化させたと考えられる。これを少し考察しよう。

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