クイーンの壮大な音宇宙「オペラ座の夜」 ロックを超越した「ボヘミアン・ラプソディ」

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水滸伝に「兵を養うこと千日、用は一朝に在り」という言葉があります。読んで字のごとしです。実は、「ボヘミアン・ラプソディー」にも当てはまります。聴けば、5分55秒です。濃密にして圧倒的な音楽体験ができる時間です。が、日常的な時間の感覚からすれば、わずか5分55秒とも言えます。が、最終的に5分55秒に仕上がったこの曲を創るために要した時間は膨大です。

その舞台となったのは、ロンドンの西、ウェールズのモンマスシャー、ロックフィールド村のはずれにある録音スタジオです。都会の喧騒から離れた田園地帯にある農家が改修されて録音スタジオになったのは1963年のことです。世界初の宿泊施設完備のスタジオでした。時代とともに最新の機器が導入されてきました。が、自然の中の農家のたたずまいも、厩舎も馬も堅持されています。クイーンの面々が、このスタジオにやって来たのは、1975年8月のことです。

プロデューサーのロイ・トーマス・ベイカーが「ボヘミアン・ラプソディー」の録音に関して以下のように回想しています。

「まず、ベーシック・トラックに2日、オペラ部分は1週間以上。1日に少なくとも10時間から12時間ずつ、続けざまに歌ったり笑ったりしながらやっていった。……ギターのダビングとミキシングに2日。つまり、この1曲だけで3週間もかかったんだ」

実際に、オペラ部分のコーラスは、マーキュリー、メイ、テイラーの歌える3人で何度もオーバーダビングして創り上げました。180~200人の合唱が生む効果を狙ったといいます。単純に考えれば1人60回の重ね録りです。たとえば、「ガリレオ」。ここを何度も歌うのです。当然ながらすべてがOKテイクではなく、幾度となく録り直しもしました。

当時は、まだデジタル録音以前のアナログの時代です。ダビングを繰り返したので、プロ用の最高品質のテープも摩擦で磁気が剥がれ落ちて、テープの向こう側が透けて見えるようになったといいます。手造り感いっぱいの音盤制作だったわけです。

したがって、「ボヘミアン・ラプソディー」のオペラ部分は、スタジオの中でのみ存在しうる音楽です。ライブでは、冒頭のアカペラとオペラ部分を除いて演奏していました。

英国シングル・チャート9週連続首位

上述のとおり、大きな苦労の末に完成したのが「ボヘミアン・ラプソディー」です。クイーンの面々は、アルバム『オペラ座の夜』の発表に先立つ先行シングルとして、この曲を発表しようとします。が、当初はレコード会社側は、約6分もの長尺の曲は、ラジオでは敬遠されるのでヒットしない、ゆえに、別の曲をシングルにすべき、と主張しました。当時の英国はラジオもテレビもBBCだけでした。通常シングルは3分というのが常識でした。実際に、ラジオで流れなければ、視聴者は新曲を知る由もないのが実情でした。

トリビアですが、ビートルズの「ヘイ・ジュード」は7分11秒の長い曲でしたが、4分間以上は、アウトロのナーナーナーです。実質的な曲は3分4秒です。「ボヘミアン・ラプソディー」は、上述のとおり、5分55秒のすべての瞬間が起承転結を持つ音楽ですから、途中でカット、ではダメです。

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