「ニュー・シネマ・パラダイス」―旋律の秘密 歌の国イタリアの巨匠、エンニオ・モリコーネ

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『ニュー・シネマ・パラダイス』は音楽と映像が一体となった映画の1つです(写真:AFLO)

今週は映画のサウンドトラック盤をご紹介したいと思います。『ニュー・シネマ・パラダイス』です。

ここには、胸を打つ音楽があります。美しい曲、哀愁のメロディー、可憐な調べ、悲しい響き――。旋律の宝庫です。

そこで、旋律について考えてみます。そもそも、音楽は芸術である前に物理現象です。日常的に私たちの周りにはさまざまな音があります。音が空気を震わせ私たちの耳に届いて脳が感知します。そして、適切に組み合わされた特定の音の連なりは、神に祝福されるがごとく、心を揺さぶります。音楽の誕生です。

1オクターブの中には、ドレミファソラシドとシャープあるいはフラットの半音階を合わせて12の音があります。それぞれの音の順列組み合わせにリズムとハーモニーが加わることで豊かな音楽が生まれます。ですが、言うはやすく、実際に心の襞(ひだ)を震わす旋律を生むのは至難の業です。

ゆえに、音楽に魅せられた人々は音楽の奥義を探ってきました。和声、対位法、管弦楽法など、作曲のさまざまな技法が発展してきました。しかし、胸を打つ曲は、理論だけから生み出すことはできません。言葉にできないインスピレーション、ひらめきが音楽創造の源です。

『ニュー・シネマ・パラダイス』には思わず涙腺が緩むような旋律があふれています。誰がこんな旋律を作ったのでしょうか。

映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネです。

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エンニオ・モリコーネは、1928年11月10日、ローマに生を受けます。明日で90歳です。同世代には、すでに鬼籍に入っているマイルス・デイヴィスがいます。

はっきり言って、モリコーネは天才です。これまでに手掛けた映画音楽は500本以上。モーツァルトが35歳の生涯で600曲以上残したのには及ばぬものの、そうとうな多作です。

老いてなお、やんちゃな創造力があります。つい最近もクエンティン・タランティーノ監督と組んだ『ヘイトフル・エイト』でアカデミー作曲賞を受賞しています。映画はタランティーノ節です。リアルな暴力と激しいエゴが画面からあふれ出るのです。でも、モリコーネの音楽は画面に負けていません。暴力シーンに抵抗するでもなく静謐な響きで物語に深みを与えています。87歳の作品です。ちょっと驚異的ですね。実は、イタリアの大先輩、オペラの巨匠ジュゼッペ・ヴェルディもまた、衰えることなき創造力で晩年に79歳で『ファルスタッフ』という傑作を仕上げています。

イタリアの歌心とジャズの斬新な響き

エンニオ・モリコーネが誕生した1928年という年は、第1次世界大戦の教訓を得て、米英独仏伊日はじめ世界の63カ国が不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)に署名した年です。つかの間の平和を享受した時代でした。

そんな時代にモリコーネの父は、ジャズ楽団のトランペット奏者として生計を立て始めます。西洋音楽揺籃の地にして歌の国イタリアに、大西洋を超えてアメリカから流入したのがジャズでした。いまだ創生期の熱気が残る真新しい音楽です。楽譜に書かれたとおりに奏でるのではなく、その瞬間の気分に応じて、正直に吹く。即興演奏が演奏家の真価を決める。ジャズの洗練を受けたモリコーネ父。

そして、父のDNAはエンニオ少年に伝わります。その核心は、斬新な響きと歌心の両立です。幼きエンニオ少年にとって、音楽は日常の一部でした。同時に心を打つ音楽の秘密を知りたいと、好奇心の塊と化したのです。

長じて、聖チェチーリア音楽院へ進学します。そこでは、作曲法を学びつつ、ジャズバンドでトランペットを吹く日々でした。そのかたわら、在学中にラジオ番組の編曲も手掛けていました。そして映画音楽の世界へと踏み出していきました。

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