マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』は数多いジャズの名盤の中でも最高峰です。
ジャズは、20世紀初頭にニューオリンズで誕生した土着的な音楽。それがブルースや西洋音楽のエッセンスを貪欲に吸収し、著しい発展を遂げます。『カインド・オブ・ブルー』は、その到達点を示しています。
しかも、この音盤は、ジャズという範囲を超えて、現代音楽の最高傑作の1つでもあります。硬派な視点で音楽、映画、演劇、文学、ファッションなどの現代カルチャーを批評し牽引して来たアメリカの『ローリングストーン』誌が、歴史上最も偉大な音盤500で第12位に選んでいます。
また、1959年8月の発表から世界中で累計1000万枚を超えるセールスを積み上げてきました。今も売れています。要するに、怪物アルバムです。
一方、この音盤はマイルス・デイヴィスの朝令暮改が生んだ奇跡でもあります。別の言葉で表現すると、前言撤回。あるいは、わがまま。こだわりです。天才は、時に世の常識など無視し、己の心の声、直感を信じて行動します。君子豹変とも言います。が、周りにしてみれば、たまったものではありません。しかし、その非妥協的な姿勢こそが名盤を生んだわけです。
まず、音盤に参加したメンバーです。リーダーのマイルス・デイヴィスがトランペット。以下、テナーサックスがジョン・コルトレーン、アルトサックスがキャノンボール・アダレイ、ベースがポール・チェンバース、ドラムはジミー・コブ。そして、ピアノがウィントン・ケリーとビル・エヴァンス。いずれ劣らぬジャズ史に名を刻む一国一城の主たちです。
注目すべきは、2人のピアニストがクレジットされていることです。
なぜ、そうなったのでしょうか?
ここに、『カインド・オブ・ブルー』の秘密があります。それに迫るため、時計の針を1958年に戻します。
モーリス・ラヴェルとジャズの距離
「私たちがいつも家で聴いていたのは、ハチャトリアン、ラヴェル、ブラームスなんかだったわ」と語るのは、フランシス・テイラーです。1950年代末から1960年代当時のマイルスの伴侶です。マイルスの霊感の源になった賢くて美しき女性にして舞踏家としても著名でした。傑作『E.S.P』のジャケットのツーショットが印象的です。ゆえに、彼女のコメントはマイルスの私的時間を正確に伝えるものです。
マイルス自身も自叙伝で、『カインド・オブ・ブルー』の構想を練っていた頃、影響を受けたた音楽として、モーリス・ラヴェルの諸作品、特に「左手のためのピアノ協奏曲」に言及しています。
ラヴェルには「オーケストラの魔術師」との異名があります。音色への強烈なこだわりがあります。同時に、空間を大切にして音を構築します。そんなラヴェルの作品を聴きながら、マイルスは、芳醇な音色、ハーモニーと旋律の自由な関係、ミニマムな音で満たされた空間に魅了されます。
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