いよいよ、マイルスが思い描いたモード奏法による冒険が始まります。パートナーはビル・エヴァンス。ウィントンに気を使う必要はありません。ほかのメンバーも必死でマイルスが構想する音の宇宙を作り上げます。
この日、2曲を仕上げます。
「ソー・ホワット」は、マイルスの口癖がそのまま表題になった曲です。モード奏法を代表する圧倒的に自由な即興が生む美しい音の世界が広がります。ここには、作曲家、バンドリーダー、トランペッターと3拍子そろったマイルス・デイヴィスがいます。
「ブルー・イン・グリーン」は表題どおり、色彩の微妙な変化を表しています。ビル・エヴァンスのピアノは必要最小限の音数で音のキャンバスを提供します。マイルスのトランペットとエヴァンスのピアノは音楽の二卵性双生児のように溶け合っています。ジョン・コルトレーンも日頃の咆哮を抑えることでつやっぽさが倍加しています。
3月2日の録音は大成功です。
そして、4月22日、再びメンバーが参集します。この日は、ウィントンは来ません。「オール・ブルース」と「フラメンコ・スケッチ」を収録します。そして録音は完了します。
ジャケットが語る真相
収録されているのは5曲、55分16秒。20世紀の音楽がたどり着いた頂の1つです。楽器はたった6つです。ドラム、ベース、ピアノのリズム・セクションとトランペット、アルト・サックス、テナー・サックスだけです。大規模なオーケストラや多重録音はいっさいなし。マイルスの楽団員による即興演奏が最高の純度で結実しています。統一感と透明感と浮遊感。マイルスの音楽的リーダーシップあればこそです。
ジャケットを見れば一目瞭然です。ダークブルーの色調で伏し目がちにトランペットを吹くマイルスの右横顔。にぎやかな言葉で語る必要などない確信に満ちた音楽を感じさせます。静謐な空間を満たす強靭な音が聴こえてきそうです。世上では「本の表紙で内容を判断すべからず」と言います。が、この音盤に関するかぎり、歴史上の名盤にふさわしい面構えです。
そして、ジャケットの裏側のライナーノートに、この音盤のエッセンスが記されています。音楽を言葉にするのは、たいへん難しいものですが、ここには日本古来の水墨画を例にマイルス楽団の集団インプロヴィゼーションを、「集団による即興演奏……全員が同じ流れで演奏することは極めて難しい……成果を得たいというメンバー全員に共通した……必然性がなければならない。この最も難しい問題が、この作品では見事に解決されている」と解説しています。ビル・エヴァンスが書きました。
実は、マイルスは音楽評論を軽蔑しています。音楽がおのずと音楽を語る、言葉で語るのは愚かだと考える男です。マイルスの音盤のライナーノートは極めてレア。これは特別です。白人だろうが、麻薬常習者だろうが、いったんクビにした経緯があろうが、絶対にビル・エヴァンスが必要だと確信しエヴァンスにピアノを弾かせたマイルスのこだわり。その期待に見事に応えたエヴァンス。『カインド・オブ・ブルー』の核心がここにあります。
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