富士フイルムはなぜ、大改革に成功したのか

古森重隆・富士フイルムホールディングス会長・CEOに聞く

コア事業だった写真フィルムの大幅縮小という「本業消失」の危機に直面した富士フイルムで当時社長として構造改革を断行。事業構造を転換させ成長軌道に導いた経営の神髄とは。

──写真フィルム事業が絶好調だった1980年代初めから、デジタル化に危機感を持っていました。

80年ごろにはすでに、写真フィルムの領域でデジタル技術が出現し始めていた。デジタルカメラの原型となる電子カメラが登場し、印刷でもコンピュータによる製版装置が売り出された。レントゲン用フィルムの分野では、当社がデジタルのCRシステムを開発している。

これからデジタル化の大きな波が来るぞと、当時、皆感じていたはずだ。しかし、どのくらいのスピードで、どこまでフィルムが代替されるかはわからなかった。

私は課長や部長という立場ながら、将来に向けた新規事業の育成を会社に訴えていた。しかし、写真フィルムが絶好調で大きな利益が出ていたこともあり、経営陣は積極的ではなかった。「まだまだ写真フィルムいけまっせ」という雰囲気もあった。今振り返ると、目先の利益が若干減ったとしても、早い段階から新たな事業柱を育成しなければいけなかった。

──2000年に社長に就任した後、デジカメの普及でフィルム市場の急激な縮小が現実となりました。

社長就任後、市場は最初の2~3年で7~10%減、その後20~30%減とストーンと落ちた。それまでの写真フィルム関連は、全社の売り上げの6割、利益の3分の2を占めるコア事業。いろいろとシミュレーションしたが、これでは早晩会社が行き詰まることは明らかだった。

そこで、事業の構造転換を伴う新しい成長戦略を実行した。写真フィルムは続けるが、世界中に広がっていた巨大な生産設備、販売組織は大幅に縮小。そして、自社の技術の強みを生かして、勝ち続けることのできる分野で戦うことに決めた。

会社としてただ生き延びるだけではダメだという思いもあった。富士フイルムがリーディングカンパニーであり続けることができるかどうか。すなわち、各事業が成長を続けることができ、全社で2兆円、3兆円の売り上げを出す。そして、利益率は10%以上の企業にする。私が掲げた目標はこうだった。

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