北朝鮮が「終戦宣言」の合意にこだわる理由 金正恩は国内保守勢力に悩まされている?

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しかし、長年、経済発展を犠牲にしてまで続けてきた核兵器やミサイルの開発を廃棄するとなると、軍部をはじめ権力内の保守派、あるいは北朝鮮内の既得権益層の反発は相当のものになることが予想される。

6月の米朝首脳会談で華々しい合意を世界に見せた後、金正恩委員長の前向きな動きが止まってしまったのも、国内の反発が強かったからではないかという分析も出ている。そこで国内保守派に対する説得材料として「終戦宣言」が浮上してきたのではないか、というのがもう一方の見方である。

北朝鮮では、親子3代にわたる70年余り、アメリカを批判し続け、アメリカを倒すことが国家目標であると国民を教育し続けてきた。そんな政策を短時間で180度、変えてしまうのであるから、いくら金正恩委員長が冷徹な独裁者であっても、よほどの説得材料がなければ、政権内は大混乱するだけだろう。

あとはトランプ大統領がどう判断するか

この立場に立って北朝鮮が発したメッセージをあらためて読み返すと、米朝間の信頼醸成のために、手始めに「終戦宣言」をやろうと呼びかけているようにも読める。

また「終戦宣言」を、アメリカが北朝鮮問題を本気で考えていることの根拠として国内保守派を抑えて、非核化に向けた具体的な行動に踏み切ろうとしているという分析もある。「アメリカ国内の保守勢力がトランプ行政府を守勢に追い込んでいる」という「労働新聞」の文章は、そのまま北朝鮮の状況を表しているようにも見える。

もちろんこの分析が的を射ているかどうかはわからない。しかし、米朝交渉でカードを多く持っているのは明らかにアメリカのほうである。「終戦宣言」で北朝鮮の本気度を確かめることをしても、アメリカが失うものはほとんどない。

あとはトランプ大統領がどう判断するかだろう。そして、金正恩委員長がどこまで経済発展を重視するとともに非核化を真剣に考えているかということも遠からずわかるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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