この20年、主要国のなかで日本のGDP(国内総生産)だけが減少し、他国の後塵を拝してきた。日本市場がGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に事実上占領されつつある中、教育の枠組みも大きく変えざるをえないのではないだろうか。
世界では22世紀に向けて確実に教育がシフトしている。教育にブロックチェーンやフィンテックが導入され、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を用いて授業をしている国さえある。
AI(人工知能)と共存する近未来の社会が訪れたとき、教育が周回遅れを続けたままでいたら、日本社会はどうなってしまうのだろう。日本の教育がどうあるべきかを考えていく必要が差し迫っている。
海外ではネット活用が当たり前
江戸時代は「宵越の金は持たないという気質が粋」と言われ、日本にもかつて循環型社会の理想的なモデルがあったと聞く。富が集中するのではなく、お金を回したり、モノをシェアしたりすることで、社会全体が潤うことになるという。このような方法や江戸っ子気質が度重なる災害を乗り越えてきたとも聞いている。
インターネットによって情報が自由にやりとりできるようになった今、物だけでなく人々の英知を供給することが容易にできる社会へと突入した。そして、世界では今、近年のテクノロジーの発達に伴い、循環型社会を象徴するような知の共有が加速度的に進められつつある。
ネットにつながることで、学びたい意思さえあればどんどん知にアクセスできるという状況になったということだ。子どもたちが1日の大半を過ごす義務教育の場でも、世界では当たり前のようにネットを使っている。
たとえば、大規模公開オンライン講座(MOOC、Massive Open Online Course)を利用すれば、世界の最先端の授業を動画で見られる。オンラインで受講できる世界最先端の授業は、新興国であっても教室に居ながらにして学習者の知の好奇心を満たせるだけでなく、公立学校の教師教育に使われている。
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