なぜお受験では「紺のスーツ一色」になるのか 共働き親から見たら「パラレルワールド」

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しかし、その女性にとって、娘の母校受験は、共働きの慌ただしい日々の中で大きな負担となった。たとえば、娘が面接で聞かれる内容は「お母様のお料理で何が好きですか?」といった内容。当初娘は「鮭」と言っていたが、それはお受験でいえば「料理」ではないという。

「ママは鮭そのままでは出さないで、お料理してるよね?〇〇ちゃんが食べているのは、鮭の照り焼きだよ」と言語化する。

とはいえ3歳前後の子どもはすぐ忘れてしまうので、毎週手料理を作るプロセスまで見せるなど、“対策”は日常に浸食する。

第二子を妊娠し、育休中に長子の受験に備えようとする母親もいる。料理だけではなく、「お母様と何をして遊ぶのが好きですか?」も、パズルや積み木など関わり合いが求められる遊びを答えるのが「鉄板」だと言い、テレビやスマホで動画を見るなどもってのほか。もちろんお受験のためだけではなく、子どもにとって理想的なスケジュールに修正されるメリットもあるだろうが、普段寝る時間なども聞かれるため、生活全般をあたかも共働きでないようにさせて、立ち向かう必要があるのだという。

加えて、この女性は幼児教室で「お母さんが働いていることは書かないほうがいいのではないでしょうか」と言われた。

「どうして?ここ私の母校なんですよ、女性の経済的自立って言って育てられて、どうしてそれを書いちゃいけないの」と反発し、堂々と書いた。しかし、結局結果は不合格。「やっぱり共働きには厳しかった」と肩を落とす。

「お母さんが働いているのはNG」の言説

別のマスコミ勤務の女性も、自分の母親の母校である私立女子大附属幼稚園を母親の勧めとサポートで受けたが不合格。結局小学校受験もして「働いているお母さんもどうぞ」という方針の別の女子大附属小学校に行かせることにしたが、母親の母校については次のように憤る。

「小学校でも幼稚園の面接でも、仕事しているママはだめなんですよね。仕事の話しか聞かれなくて子どもの話はいっさい聞かれなかったんです。悲しくなるくらい面接での門前払い感。お受験対策の幼児教室で、働いていることおっしゃらなくていいんじゃないですかって言われたんですけど、仮に入れたとしていずれ(働いてることは)ばれるし、願書とかにも書いちゃって。そしたら案の定……。うちの母も仕事していたし、母校も社会で活躍できる女性を育てるという名目のはずなのに、専業主婦をよしとする空気を感じる」

医師や弁護士の母親は多くても、会社員の母親の子どもは採ってもらえないのではないかという疑心暗鬼もあったという。

実際には、母親の仕事のせいで不合格になったのかどうかはわからない。共働き親が多く通う名門幼稚園もある。また、祖父母のサポートまでついている名門出身者の子どもばかりが簡単に名門に入れる=階層の再生産を、学校側が望んでいるとしたら、それが阻まれていることに何の問題もないのかもしれない。

しかし、幼児教室には「働く母親であることは隠しなさい」と言われ、面接対策では家庭に時間を割く「理想のお母さん像」が浮き彫りになる。「女性の自立」と言われながら育った私立の女子校出身者にとっては、習ったとおりに生きてきた自分のあり方が歓迎されていないと感じる。「女性の自立」は実は建前であり、本音は“働くママはダメ”なの?――と。

共働き家庭は、保育園に行かせておけばいい。私立幼稚園が、特定の層の子どもを好むとして、それが気に食わないなら行かせなければいい。もちろん、基本的にはそうだろう。そもそも不合格になったところで、何かが劣っているということではなく、園の方針と合わなかったのだと思えば落ち込む必要もない。考え方が合わない園は保護者側も避けたほうがその後のためにもいいかもしれない。

ただ、実際の幼稚園や小学校の選抜基準がどうであれ、うわさや憶測、幼児教室のアドバイスによる「無難に」を突き詰めていくと、母は働いていない(ことにした)ほうがよくなってしまうという世界は、まだまだある。女性活躍、個性伸張、ダイバーシティの時代……といいながら、日本社会のさまざまなところに真逆の方向に向かせる論理が埋め込まれている。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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