プーチン発言騒動に見る脆弱すぎる日本外交 百戦錬磨のプーチンの論理は一貫している

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冷戦終了後、NATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)の拡大により、ソ連時代の仲間だった東欧、あるいは独立国家共同体(CIS)の国々がロシアから離れていくという屈辱的な経験を見てきたプーチン氏の、欧米諸国、特に米国に対する警戒心は強い。

近年、ロシアは北方領土を含む千島列島の軍事力強化を進めており、国後島や択捉島には地上軍が常駐し地対艦ミサイルなどが配備されている。そして安倍首相との首脳会談の日には、極東地域を中心に軍人30万人、1000機を超える航空機などが参加する過去最大の軍事演習「ボストーク2018」を、中国軍も参加して実施している。これがロシア流の狡猾で計算しつくされた外交なのであろう。こう考えると冒頭で紹介したプーチン氏の平和条約発言が、本人が言うような単なる「思いつき」であるはずがない。

これに対する日本側の対応だが、安倍首相は、過去の交渉経緯や共同宣言の条文などにこだわらない「新しいアプローチ」で、領土問題の進展を図ろうとしている。しかし、「4島一括返還、領土画定後に平和条約」という基本方針に変更はない。ではプーチン氏が突き付けている論点にどうこたえるのか。少なくとも記者会見など表に出てきた情報だけでは、日本側の明確な見解は示されていない。

日ロ双方の主張を比べると、プーチン氏のほうがはるかに理詰めで骨太である。北方領土の問題については、これを実効支配しているロシアに譲らせるという話なのであるから、攻める側の日本は余程しっかりとした戦略や論理がなければ勝負になるまい。

長すぎる停滞、日本側は論理の再構築が必要だ

筆者は約20年前、外務省幹部に「日ロ平和条約・案」という極秘資料を見せてもらったことがある。一般的に平和条約は戦争を終わらせるためのものであり、戦争の終結、賠償や請求権問題の処理、そして、領土の画定の3要素が基本で、あとは個別に2国間関係に関する事柄を書いているだけの比較的シンプルな条約だ。

見せられた「案」はもちろん日ロ間で詰めたものではない。日本担当者がこれまでのほかの国との間で結んだ平和条約を参考にして試みに書いたものだ。それは肝心の「領土の画定」の部分だけが白く空欄になっていた。

今、北方領土問題をめぐる日ロ交渉は誰が見ても停滞し、ほとんど何の進展もない。しかし、「失敗」という評価を極端に嫌う安倍首相は首脳会談のたびに、「具体的な内容は申し上げられない」としながら、「進展があった」と強調し続けている。困難に直面している現実を美辞麗句で覆いつくすことは、国民に間違ったメッセージを伝えているに等しい。

条約のわずか数行を埋めるためにすでに70年もの年月が過ぎている。そうした歴史の重さを考えると、日本はロシアに対抗できるより明確な論理を構築するとともに、交渉を進展させるためのしたたかな戦略を策定すべきだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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