必要悪?「男らしさ」が猛威を振るう深いワケ 出世する人まで「粗暴になる」という悲劇

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一方で、競争に勝っても、心の中は穏やかではない男性もたくさんいます。大きな権力には、大きな責任が伴いますので、自信のない男性ほどその重圧に押し潰されそうになります。さらに言えば、競争には終わりがありません。課長になれば、部長に昇進できるか心配になりますし、仮に、社長になってもその座が安泰というわけではないでしょう。自分は一生このまま勝ち続けることができるのかとつねに不安になるのです。

社会的立場のある男性の場合、権威が失墜してしまうので、内面の「弱さ」を周囲に悟られるわけにはいきません。もし、対話に応じてしまえばその過程で自分の抱えている「弱さ」が表面化する危険性があります。そこで威圧的な態度や攻撃的な言葉で、相手とのコミュニケーションを遮断するのです。権力を手に入れても「男らしさ」に頼る男性がいるのは、自らの内面を探られないように相手との距離を保つためだと考えられます。

これだけ明らかな弊害があるにもかかわらず、どうして男たちは「男らしさ」を手放さないのでしょうか。その答えは、「男らしさ」は競争に勝つための原動力となり、それを評価する人が性別を問わずいるからです。

社会が「男らしさ」に頼ることをやめられない現実

「男らしさ」をめぐる問題は複雑です。実際にはパワハラと紙一重ですが、部下が乗り気ではなくても、「巻き込む」力がある上司はリーダーシップがあると尊敬されます。周囲が反対しても「常識」にとらわれずスピード感を持って重大な決断できる経営者は、事業の成功によって社会的に高い評価を得ることができます。

細かい配慮を欠いた言動は、その強引さによって人や自分を傷つけることがある一方で、さまざまな物事を一気に動かすうえで推進力にもなります。人々に主体性がなかったり、社会に閉塞感が漂う状況では「男らしさ」に期待する人たちがいるのもまた事実なのです。

そうした期待に応えているのが、アメリカ大統領であるドナルド・トランプです。傍若無人な態度が軽蔑される一方で、熱狂的な支持者も生んでいます。最新の世論調査によれば、トランプ大統領の支持率は45%ですが、共和党支持者に限れば88%と驚異的な数字を示しています(THE WALL STREET JOURNAL.)。これだけ高い支持を受けたのは、9.11の後にテロに屈しない断固とした態度を「男らしく」表明したジョージ・W・ブッシュだけだそうです。

スポーツ界のパワハラを取り上げて、「男らしさ」の罪の部分だけを批判するのは簡単です。しかし、この問題をきっかけにしっかり向き合わなければならないのは、さまざまな弊害をもたらしているにもかかわらず、われわれの社会が「男らしさ」に頼ることをやめられないという現実だと言えます。

田中 俊之 大妻女子大学人間関係学部准教授

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たなか としゆき / Toshiyuki Tanaka

1975年生まれ。2008年博士号(社会学)取得。武蔵大学・学習院大学・東京女子大学等非常勤講師、武蔵大学社会学部助教、大正大学心理社会学部准教授を経て、2022年より現職。男性学の第一人者として、新聞、雑誌、ラジオ、ネットメディア等で活躍している。

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