ネット社会の怪異現象に潜む「21世紀の妖怪」 現代社会にも妖怪は生まれているか?
21世紀に入ってから、新しい妖怪が生まれたという噂は聞かれない。一方で、幽霊の目撃情報であれば、東日本大震災の被災地では少なくなかったようである。それでも幽霊がこれまでとは異なる、立ち居ふるまいをしたわけでもなさそうだ。親しかった人の夢枕や、街の辻に立つのは昔から変わることはない。
この時代に妖怪を見つけようとするとき、どこに行けば出会うことができるだろう。
21世紀をひと言でいうなら、インターネット情報の時代である。ソーシャルネットワークシステム(SNS)の隆盛、スマートフォンの普及は、ほんの10年以内の現象である。またAIをはじめとする新しいテクノロジーが、日常生活に浸透してきている。人間の暮らしのこうした変化のなかから、新しい妖怪は生まれてきてはいないか。
SNSやブログは、不特定多数に向けて、ある主体(個人の場合も、企業や公共団体を代表する場合もある)が自己の見解を主張する手段である。ツイッターの「つぶやき」という言葉が密やかに見えても、世界への自己のアピールにほかならない。そして、友人知人に向けたつもりのつぶやきであっても、あるきっかけから「炎上」することがある。
本人の意図とは別に、不謹慎だ、差別的だなどと騒がれ、見ず知らずの人々の前に個性をさらされる。炎上といっても、実際になにかが燃え上がるわけではない。しかし、火の粉を振り払おうとすればするほど、勢いを増す。しかも、一度炎上すると、インターネット上からその痕跡を消すのも難しい。焼け跡にはいつまでも、検索ワードとして残されるからである。目に見えない集合体による凶暴な感情が、形を持たない実体のように広まり、共有されていくのは、かつての妖怪の成り立ちと、とてもよく似ている。
怨霊の火が広がる、ネット社会の「エンジョウ」
インターネット上の「炎上」に類似した妖怪や怪異に、琵琶湖周辺に伝承される「蓑火(みのび) 」という怪火現象が思い浮かぶ。
旧暦5月の長雨が続く夜に、暗い湖を渡ろうとすると、舟の上の人が着た蓑に蛍火のような火の玉が現れる。蓑を脱ぎ捨てると消えるが、手で払いのけようとすれば、どんどんその数を増す。同様の怪火伝承は日本列島の各地にあり、信濃川流域では雨の日の夜道や船上で蓑、傘、衣服に、蛍のような火がまとわりつき、慌てて払うと火は勢いを増して体中を包み込むという。琵琶湖の蓑火は、この湖で死んだ人の怨霊の火だとも伝えられている。
インターネット空間に生まれた「炎上」のほうは、民俗学用語でいえば「口碑」が「石碑」になるような事態だ。つぶやきがだれかを刺激し、まがまがしい感情が拡散されていく。ここまでは口頭伝承、口碑の域だろう。しかし、火中で暴れると事態は悪化するばかりで、ネット社会に刻印されるのだ。「エンジョウ」は怨霊の火がまとわりつくような怪異と類似しつつも、この時代ならではの民俗現象ではなかろうか。
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