――国連ロケもそうですが、ロシアやタイでロケを行ったことで、それがスケールの大きさにつながっています。
やはり風景が変わると、映画として豪華になりますよね。風景だけでなくとも、そこに映っている人種が変わるだけで、ぜいたくな感じはあると思います。
それと経済の話で言えば、それぞれの国で食事に行ったり、酒を買ったりしても、物価を感じるわけじゃないですか。タイに行ったら安かったのに、ロシアに行ったら意外と高かったとか。やはり円安の影響で、今年の4月に再び撮影に訪れたニューヨークでのドル払いには苦労しましたね。支払いも、数百万円から1000万円近い違いになりますから。「ちくしょう、どんどん円安になってきて。昨年だったらこれぐらいで済んだのに。勘弁してくれよ」と思いましたよ(笑)。
――これだけのスケールの作品ですと、制作費もそれなりにかかっているのではないでしょうか?
実際の数字は言えないですが、うちのチームでなければ、確実に倍はかかったでしょう。特に今回は「わかった、お前の暴挙に乗るわ」「こういう映画もあったほうがいいだろう」と言って出資してくれたスポンサーたちにはちゃんと返したいという思いがあった。バジェット(予算)を広げすぎると、すべてがマイナスで終わって、この映画自身も不幸な結果に終わってしまう。だから、できるだけ現場でかかるおカネは圧縮しつつ、それでも当然、スケール感は見せなきゃいけない。それこそ経済の論理ですよ。ものづくりにかかるおカネは圧縮して、それでもいい商品、製品を作ってちゃんと分配できるようにすると。われわれは町工場ですから(笑)。
原田芳雄さんの写真のおかげで撮影は晴れ続き
――少ない予算でいいものを見せる肝とは?
役者のスケジュールがどうであろうが、期間を短縮して、往復の格安チケットを取ることですね。そうすると雨が降ろうが嵐が降ろうが飛行機は変えられない。ちゃんと撮りきってから帰らなければいけない。これはプレッシャーですよ。雨が降らないように祈るしかないという。
これがもし正真正銘の大作映画だと、雨で撮れなかったら、「何百万円か損失が出るけど、1日延ばそうや」ということになる。ただし、今回は1回も天気に左右されることもなく、幸運にも全部撮りきって帰ってきたわけです。
――スタッフの皆さんの情熱が空に伝わったんじゃないでしょうか?
僕は(2011年に亡くなられた)原田芳雄さんとの付き合いが長くて。最後の『大鹿村騒動記』も一緒にやらせてもらったのですが、原田芳雄さんという人はものすごい天気男なのです。芳雄さんとやると天気に左右されることがなかった。それから芳雄さんが亡くなられてからも、僕は芳雄さんの写真をずっと台本に挟んで、持ち歩いているわけですよ。それで、天気が悪くなってくると、その写真を空にかざす。ロシアでもタイでも日本でもそうするとブワーッと雲が晴れていく。そのうち僕が出さなくても撮影助手が「監督、そろそろ芳雄さんお願いします」って言い出しますからね。芳雄さんは絶対に「お前いい加減にしろよ。俺を使い倒すな」と怒っていますよ。でも、そういう偶然や奇跡なども含めて映画なんですよ。日本の映画というのは特に制作環境の条件がよくないですからね。そういう運までつかまなければならないということなんですよ。
(撮影:梅谷 秀司)
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