「元・巨人ファン」が見た巨人ファンの背景 あんなに好きだった巨人と距離を置いた理由
「元・巨人ファン」と「アンチ巨人」は似て非なるもの。
まず、その話からはじめようと思う。
アンチ巨人は完全に「ヘイト」の立場。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。巨人軍を憎み、ナベツネや読売新聞を憎み、中居正広から徳光和夫まで憎くてしょうがない。巨人のことを「讀賣」と表記する人はアンチ……という「アンチ巨人あるある」も存在する。
翻って元・巨人ファンは、言ってみれば「元カレ」である。
かつては初々しく愛情をはぐくみ、喜びも哀しみも分かち合い、結婚まで考えた仲。でも、それぞれに事情があって別れてしまった。
もちろん男女の仲がそうであるように、別れた後の形は人それぞれだ。かつての恋人をあっさり忘れて新しい恋人に夢中の人もいるだろうし、別れ方が最悪でアドレス帳からデータを消して着信拒否(アンチ化)する人もいるだろう。そして心の片隅で元カノのことを気にかけながら、その幸せを願うケースだってある。
つまり、元・巨人ファンのなかにはアンチ巨人がいることも間違いないが、そうではないケースも多々あるということをご理解いただきたい。
私は例に挙げた「3番目」のタイプの元カレである。小学3年生だった1990年に東京で野球をはじめ、ほぼ同時に巨人ファンになった。ところが1990年代後半、思春期を迎えると状況が徐々に変化していく。高校野球をやっていた私は、いつも強大な敵に行く手を阻まれた。私自身、スポーツ推薦で強豪校に声を掛けられるような経験は皆無のレベルだったが、それでも本気で下剋上をもくろみ、努力していたつもりだ。そんな日々のなかで、ふと疑問を覚えた。
――有望選手を集めて強化する強豪校に立ち向かっている自分が、巨人を応援するのは矛盾していないか?
私にとっては日大三や帝京といった名門校こそ「巨人」だった。折しも、巨人はフリーエージェント制度や逆指名制度を利用して、球界のスター選手を根こそぎかっさらっていた時期だった。上原浩治は「雑草魂」と言った。だが、そんな上原も結局はエリート・巨人に請われて入団しているではないか。
いつしか私は「元・巨人ファン」になった
そんな思いが芽生えてから、巨人に対して以前のような熱を保てなくなってしまった。いわゆる「俺たち、しばらく距離を置こう」と告げたままの自然消滅。結局「家柄の違い」という壁を越えられなかった。
そして、私は「元・巨人ファン」になった――。
その後、ロッテや広島を応援してみようと試みた時期もあったが、巨人ファン時代のようにのめり込むことはできなかった。21世紀以降は特定の贔屓チームと言えるような球団がない状態が続いている。
とはいえ、そんな野球ファンは山ほどいることだろう。自分としては「ごく普通のこと」と気にも留めていなかった。
そんなときにある編集者からメールが来た。「菊地さんが話していた『元・巨人ファン』って、もしかしたら野球界のサイレント・マジョリティーなんじゃないですか?」と。
サイレント・マジョリティー、つまり「物言わぬ多数派」。言われてみれば……という心当たりがあった。
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