40年ぶりに京都の街を走って感じたのは、学生時代より厳しい業界の空気だった。客を乗せて走る実車率は下がり、歩合も下がり、収入は40年前と大して変わらず、統計資料を調べると事故だけは確実に増えていた。
「街の交通手段の充実や国全体の不景気とかもあるけど、規制緩和でタクシー業界に過当競争が起こったのが大きかったです。過当競争の結果は運賃値下げ合戦でしかなく、安全も安心も運転手の待遇改善も二の次、もう滅茶苦茶になっていました」
降ってくる単行本のアイデアには抗えない
その現実をまとめた記事は数回にわたって『文藝春秋』に載り、長年の本懐は達成される。しかし、これで終わらなかった。担当編集者から「今度は東京で」と提案されたのをきかっけに、2008年10月~11月と2009年7月~11月、2010年12月~2013年5月の3回にわたって都内のタクシー会社に潜入することになる。合わせて3年間の長期取材となったのは、ほかの仕事を整理して身が軽くなったのもあるが、潜入するうちに単行本のテーマが降ってきたことが大きかった。
「本物のタクシー運転手を主役にしたルポルタージュが書きたくなったんですよ。それで思い描いているような背景を持つ4~5人の人物を見つけて同僚や同業者として話を聞くまで続けてやろうとなって。最初の数人はすぐに見つかったけど、リーマンショックでリストラされた元エリートサラリーマンに出会うまで2年半かかったんですよね」
現在の矢貫さんはこのときの取材を基にした書籍を執筆しているところだ。それに加えて、また別の業界への潜入取材も進めてもいる。若い頃のようにがむしゃらに働く気はもうないというが、降ってくる単行本のアイデアには抗えない。
「僕はテーマが降ってこないと単行本を書かないから、今までは3年に1回くらいのペースだったんだけど、最近なぜか2つも同時に降ってきちゃって。今書いているのとあわせて3つのアイデアを抱えている状況なんです。仕方がないから3本同時進行でやるしかない。だからもう、おカネにはなっていないけど最近忙しいですよね」
自らを突き動かすテーマに没頭するのは楽しい。けれど、後ろめたさがないわけではない。
「ネタが浮かんだら、奥さんに電話するんですよ。『申し訳ないけど、儲からない本、もう1冊書かせて』って(笑)。『申し訳ないけど』がもう口癖になっちゃいました」
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