59歳「派遣に堕ちた」困窮男性が見続ける夢 勤続10年、時給は「40円」上がっただけ

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実は、ヨウジさんには職場以外にもうひとつ居場所がある。高校時代に兄の影響で、労働組合運動にかかわりを持つようになり、今も個人加入できる、ある地域ユニオンに加入しているのだ。最近は休日を利用して「働き方改革」に反対するデモなどに参加している。3年ほど前、東京で若者たちが「最低賃金1500円」を求めるデモを行うようになってから、札幌でも沿道の反応がよくなってきたという。

一方でユニオンへの理解はなかなか進まないと感じることもある。以前、ある女性が、退職金が規定どおりに出ないとユニオンに助けを求めてきたケースでは、交渉のかいあって退職金を得られたものの、それっきり女性と連絡が取れなくなった。かなり後になって再び女性から電話があったと思ったら、またしても同様の相談を持ちかけてきたという。

困ったときだけ頼られても「労組」の活動は続かない

労働組合は、言ってみれば会社側に対して弱い立場にある労働者同士の支え合いである。困ったときだけ頼られても、その活動は続かない。まるでユニオンを便利屋かなにかと勘違いしたかのような振る舞いに、ヨウジさんは「自分の問題が解決したら、それっきり。自分のことしか考えない労働者が増えたと感じます。ただそれは、学校で労働者の権利や労働運動の歴史についてちゃんと教えられていないことが原因だとも思います」という。

私的な付き合いの酒席でも、たびたび賃金や待遇の不満が話題になるので、1人でも加入できるユニオンがあると持ちかけてみるのだが、大抵の友人から「あ? 何よそれ。社会党系か? 共産党系か?」「そこに入ったら、俺の給料が上がるのか?」などと揶揄された揚げ句、拒絶される。「口を開けば仕事の不満ばかりなのに、いざ労働組合の話をすると『へー』『は?』で終わってしまう。不思議で仕方ありません」。

少し話はずれるが、私も、職場で雇い止めや賃下げに直面した知人に地域ユニオンを紹介したことがある。しかし、大抵の場合、彼らは「労働組合って、赤い鉢巻をまいて団結ガンバローと言わなきゃいけないんでしょう」「会社にけんかを売りたいわけじゃないんで……」など、正しいような、正しくないような理由で労組の敷居をまたごうとはしなかった。いずれにしても、彼らに団結権は憲法で保障された権利だという認識はない。

話をヨウジさんに戻す。私が、今の職場で労働組合はつくらないのかと尋ねると、彼はこう答えた。「無理だと思います。駐車場管理の業界は、警察OBや自衛隊出身者が多いんです。中でも労働組合への反発が強い人たちですから……」。

ヨウジさんの見立てが正しいかどうかは別にして、雇い止めと隣り合わせの契約社員が独りで行動することは、確かに難しいのかもしれない。

職場もユニオンも、現状は八方ふさがりに見えるが、ヨウジさんにはひとつ夢がある。それは定年退職後、ユニオンの労働相談員になることだ。派遣労働者に「堕ちた」悔しさも、職場で声を上げることができないふがいなさも――。すべて経験した自分ならではの寄り添い方ができるのではないかと思うのだ。

真冬の北海道の屋外で働くのに、時給880円は割が合わない。それでも、いつかこの経験が役に立つはず。そう信じて遠い春の訪れを待つ。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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