夫28歳・妻33歳「発達障害同士」の結婚事情

「100人いたら100パターン」と知ってほしい

カズヤさんはそれまで、自分は少しほかの人と違うという自覚はあったというが、役者をしていたので「役者は少し変わり者であるくらいがちょうどいい」と、特に気にはしていなかったという。アルバイトはコンビニやファストフード店など、接客が得意。マルチタスクが重なるとミスをしてしまうことはあったが、つねに動き回っているのが性に合っていた。

妻は診断に落ち込み、夫は診断に納得した

一方、アユミさんは29歳のときに不注意優勢型のADHDとASDとの診断を受けた。幼い頃は、風呂で「熱い湯に触るな」と言われているそばから触ってやけどをしたり、近所の小学校のウサギ小屋の網目に手を入れて餌をあげてはいけないと注意されているのに手を入れてウサギにかまれ、指を3針縫うケガをしたり、衝動的な行動からケガをすることが多かった。

また、車の往来が激しい通りで突然「目をつぶって歩いてみよう」と思いつき、目を開けたら車が行き交う道の真ん中にいた。あるときは走っている車に石をぶつける遊びを思いついて実行し通報され、警察官が家を訪れたこともあった。

「小学校での勉強は、国語や社会は得意でしたが算数が苦手で暗算ができませんでした。でも、小4から塾に通うようになると成績がアップ。学年でトップになりました。しかし、勘違いや漢字の書き間違いなどのケアレスミスが多く、親からは『本気を出していない』とよく怒られていました」(アユミさん)

高校在学中はアルバイトも経験した。しかし、お菓子工場での作業中、人の指示が聞き取れずにラインを止めてしまうこともあった。指示を出す人の声が小さいのではなく、ほかの人はきちんと聞き取れているようだった。ほかにもスーパーのレジ打ちを経験したが、ここでも仕事を覚えられず、唯一まともにできたのは郵便局での年賀状仕分けのバイトだった。一人で黙々と作業でき、ミスをしたとしても届ける前の段階で修正されるので安心して働けた。

高校卒業後、本来は4年制大学の心理学科に進みたいという希望があったが、親から経済的な理由で短大にしてほしいと言われた。結局、短大で将来役に立つ資格が取れるならと、短大の栄養科へ進んだ。

「短大時代は調理実習や実験など、私にとって苦手な作業ばかりでした。調理実習の班では、誰が何をどうするという具体的な指示が出ないと動けないし、忘れ物も多かったです。座学も眠くなってしまいノートが取れない、集中できないなど、挙げるときりがありません。

病院での栄養士実習では、新生児のミルクの哺乳瓶の先の部分を10個ずつ重ねて並べるという作業がどうしてもできませんでした。それで『なぜこんなこともできないのか、実習だと思ってふざけないで!』とものすごい剣幕で怒られてしまいました。同じ作業を行ったほかの実習生3人に『難しかったよね?』と聞いたら、『普通にできたよ?』と不思議そうな顔で言われ、このときから自分は何かほかの人と違うのではないかと思い始めました」(アユミさん)

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