勉強ができることが唯一のアイデンティティだった
姫野ケイ(以下、姫野):彩音さんは福岡県生まれの福岡県育ち。彩音さんとは大人になってから出会ったから小さいときのことはよく知らないのだけど、小学生の頃はどんな子どもだったの?
林彩音(以下、彩音):私立中の受験を控えて、ほとんど塾に缶詰めだった。多分、小学生の頃は「クラスの子より勉強ができる自分」ということでアイデンティティを保っていたのだと思う。ASDの症状でちょっと普通の子とは違っておかしい部分があったのだと思うけど、「私はみんなより勉強ができる」って思ってクラスメートを見下していた感はあったかもしれない。勉強ができれば、ちょっとくらい運動ができなくても何も言われないし。
姫野:親は彩音さんがほかの子と違うということに気づかなかったの?
彩音:おそらく、気づかなかったからどんどん症状が悪化していったんだと思う。「母親の期待に応えなきゃ」という思いが強かった。もともとは私立小学校の受験をしたんだけど落ちてしまって。本当は母親自身が行きたかった学校だったらしく、母は私に期待をしていたの。
いまだに覚えているんだけど、小学生のときに100点満点のテストを母親に見せたら光る消しゴムを買ってくれたんだ。それを買ってもらえるから毎回100点を取ろうと頑張った。でも、途中から、消しゴムを買ってもらうことよりも、うれしそうにそれを買っている母親の姿を見るのが目的になっていってしまって……。その消しゴムを使うこともなく、ただ大量にずら〜っと並べていたな。
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